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アンナさんがお茶とクッキーを持ってきた。クルト君とドワーフの少年のやり取りが長期化すると思ったのかな? となると……
私はドワーフの少年がクルト君の手で部屋の真ん中に引っ張り出されたため、不安そうな顔で部屋の片隅に集まっている三人のドワーフの少女に目を付けた。
「アンナさん、そのお茶とクッキー、分けてもらっていいですか?」
「えっ、ええ。それはいいけれど、何をするの?」
「私もちょっと頑張ってみます」
私はアンナさんから受け取ったお茶とクッキーを持つとゆっくりと三人のドワーフの少女に近づく。
怯えたような目で私を見る三人のドワーフの少女。だけどこうして近くで見ると可愛い。種族は違っても女の子だ。ドワーフと言えば、絵本で見て、ヒゲもじゃの気難しそうなおじいちゃんが鉱石採掘や鍛冶職人をやっているイメージがあったけど、ヒゲは生えてないし、肌は綺麗で、顔は小ぶりで目はパッチリとしている。
私は三人のドワーフの少女から少しだけ離れたところに腰をおろし、カップにゆっくりとお茶を入れると、ゆっくりと飲んだ。
「うん。おいしい」
次には皿に入ったたくさんのクッキーのうち一枚をつまむと、端からゆっくりとかじる。
「うーん。おいしーい」
実際、アンナさんが焼いたクッキーはおいしい。そして、この距離なら甘い匂いが三人のドワーフの少女に届くはずだ。
一番小柄で年少らしき少女がこちらをじっと見ている。これはチャンスだ。私は思い切りの笑顔を彼女にぶつける。
「こっちに来て一緒に食べない? おいしいよ」
私の言葉に年少らしき少女はフラフラと立ち上がり、こちらに歩みかけるが、それを一番年長らしき少女が首をつかんで止める。
うん。これくらいは想定内。何度も酷い目に遭ってきたのだから、そう簡単に人間を信用してはくれない。根気勝負になる。
見ればクルト君はまだドワーフの少年とやりあっている。あちらも根気勝負。ドワーフの少年の気力体力が尽きるまで付き合う気なのだ。こちらも負けてはいられない。
「ああ、このクッキーおいしいなあ。何枚食べても食べられる。これだけ食べても何ともないんだから、毒とかしびれ薬は混ぜってないよなあ」
一番年少の少女はもうこちらが気になって仕方ないようだ。それを年長の少女が力技で止める。見ていると真ん中の年中の少女もこちらが気になりだしているようだ。
クルト君の手を振りほどかんとする少年も相変わらず必死だ。だけど、少し疲れてきたようだ。顔が真っ赤だ。
そして、こちらも成果が出てきた。ドワーフの少女は年少の子だけでなく、年中の子もこちらに歩み寄ろうとし、年長の子が必死で止めているが、こちらも疲れてきているようだ。
ついに年少の子は年長の子の制止を振り切り、私のところに来た。私は満面の笑顔でそれを迎える。
「はい」
私は一枚のクッキーを二つに割り、一つを食べて見せる。
「うーん。甘い。おいしい」
そして、もう一つを年少のドワーフ少女に渡す。少し躊躇したが、すぐに思い切りかじりつく。
「ウイーッ、クイピーッ」
私にはドワーフ語は分からない。でも、ニュアンスは伝わってくる。多分、「甘い。おいしい」と言っているのだ。
「さあ、これも飲んで」
私はゆっくりとカップにお茶を注ぐ。まずは自分が飲んでみせる。安心させるためだ。そして、もうひとつのカップを年少のドワーフ少女に渡す。
年少のドワーフ少女は恐る恐るといった感じでお茶を飲む。そして、声をあげる。
「クイピーッ」
うん多分、「クイピーッ」は「おいしい」という意味なんだな。
呆然とした様子で私と年少のドワーフ少女の様子を見ていた年長と年中のドワーフ少女だったが、年中の少女も年長の少女の制止を振り切って、私のところに来た。私はもちろん笑顔で迎える。
そして、やはり一枚のクッキーを二つに割り、年中の少女に一つを渡す。私が笑顔で一つをかじると、年中の少女は躊躇なしにかじる。
「ウイーッ、クイピーッ」
うんきっと、「ウイーッ」は「甘い」で、「クイピーッ」は「おいしい」なんだ。きっとそうだ。
なおも年長の少女はこちらが気にはなっているけど、近づいてはこない。でも、私は焦らない。こういう時は無理は禁物なのだ。私は「甘い。おいしい」と言いながら、お茶を飲み、クッキーを食べ続ける。二人のドワーフ少女と一緒に。
◇◇◇
ドサッ
部屋の真ん中で音がする。ドワーフの少年が倒れたのだ。クルト君はドワーフの少年の両手首をつかむ以外のことは何もしていない。あの手この手でクルト君の手を振りほどこうとしたドワーフの少年が疲れ果て、倒れたのだ。
「スピパパチヤダット。トチドサルバクキヨナ。ザルドハルバサルワナヌナ!」
部屋の床面に大の字になって倒れた少年は何やら叫んでいるが、ドワーフ語なので何を言いたいのか分からない。