61
「そういうことだったのかい」
グスタフさんも大きな溜息をつく。
「ロスハイム周辺じゃあ確かに鉱石はまるっきり採れねえからなあ。利権を独り占めできたら、そりゃあ大儲けできるだろう。だけど、それがために随分高い代償を払う羽目になっちまったなあ」
全くもっておっしゃる通りで、ファーレンハイト商会の現当主としては「亡き兄がとんでもないご迷惑をおかけして」と言うしかない。
兄と両親が死んだことはともかく、弟のエルンストは孤児になった。そして、ノルデイッヒとその周辺は今もって収拾がつかない大混乱に陥ってしまっている。
「じゃあグスタフ。トマスさんは例のものをクルトとデリアに見せるから、ついてきてくれ」
「分かった」
◇◇◇
私とクルト君はギルドの奥に案内される。
「ここはもともと商品倉庫だったんだが、おかげさんで開店休業状態で商品は何もねえ。だからこういうことに使えたんだが」
トマスさんがゆっくり扉を開くと、中から悲鳴のような怒鳴り声のような声がする。これは?
「ドワーフの子どもたちだ。十人いたって話だが、これしか助けられなかった」
よく見ると商品倉庫の片隅に四人のドワーフの子どもたちが固まって集まっている。怒鳴り声を上げているのは一番背の高い少年だ。彼の陰に隠れて震えている三人は少女のようだ。
人間に散々な目に遭わされたんだ。こういう反応も当然だろう。全くエトムント兄は何と言うことをしてくれたんだ。
「それでもね」
アンナさんが溜息まじりに言う。
「初めは食事を出しても食べてくれなくてね。いろいろ考えて、大きな鍋で作ったものをこの部屋に持ってきて、アンナさんとトマスさんで食べてみせたら、小さい子から食べてくれるようにはなった。なので、次はここで寝起きするようにした。でもまだ近くでは寝てくれないんだ」
「そうですか」
クルト君が頷く。
「ところで言いづらいかもしれませんが、十人のうち四人しか助けられなかったというのは?」
「それは俺が話すよ」
グスタフさんがゆっくり前に出る。
「ファーレンハイト商会の商隊が襲撃されて、あの当時の当主夫妻と次期当主が殺されたという報が入った時、真っ先に商会の略奪を始めたのは商会の建物の衛兵に雇われていた傭兵たちだった。安い報酬でこき使われていたから、ファーレンハイト商会を恨んでいたんだな」
「……」
「傭兵どもは衛兵として雇われていたから、ドワーフの子どもたちがいることを知ってやがったんだ。捕まえて好事家にでも売り飛ばそうとでもしたんだろうな。でもな……」
「……」
「ゴブリンの子どもたちは果敢に戦ったんだよ。こんなに背が低いのに。武器なんか持っていないのに。男も女も年長の奴が年少の奴をかばってな。そして、俺ら警備隊が駆けつけた時に助けられたのはこの四人だけだったんだよ」
こうなっても最年長の少年が年下の少女たちをがばう。何て立派なんだろう。人を安く使うことでお金儲けをしようとしたり、そのことを恨んで略奪をする人間たちよりよっぽど立派じゃないか。
◇◇◇
「偉いね。君は」
あれ? クルト君が腰を屈めて。ゆっくりとドワーフの少年に近づいて行っている。笑顔を作ろうとしているみたいだけど、どことなくぎこちないのは、やっぱりクルト君だ。
「フーッ、ウーッ」
ドワーフの少年はうなり声をあげて、威嚇する。
「大丈夫。大丈夫。もう君たちを酷い目に遭わせる人間はいないよ」
「フオーッ、グオーッ」
クルト君はなおもゆっくりとドワーフの少年に近づく。少年は威嚇を止めない。
ついには、クルト君はドワーフの少年の目の前にまで到達した。
「ウオオオオーッ」
ドワーフの少年はクルト君のお腹を思い切り殴った。
「ふいー」
だけど、レベル18の「僧侶戦士」クルト君はびくともしない。
「うん。結構、力あるね。鍛えればいい戦士になれるかもだよ」
なおもクルト君に右ストレートを繰り出すドワーフの少年。その拳を手のひらで捕まえて握るクルト君。
「!」
当惑するドワーフの少年。なおもクルト君は両手でドワーフの少年の両手首をつかんだ。
「グララララッ、ガオーッ」
うなり声を上げつつ、クルト君の両手を振りほどかんとするドワーフの少年。
「おらおら、どうした? 頑張って、僕の手を振りほどいてごらん。そんなことでは大事な妹たちを守れないよ」
何かクルト君、楽しそうだな。
「こいつあ、驚いた」
感嘆するグスタフさん。
「ロスハイムのギルドマスターからも『クルトは年下のもんの面倒見がいい。ハンスの次の取りまとめ役だ』と言っていたって話だけど。本当にそうなんだなあ」
「いやあ私らも良く分かりましたよ」
フリッツさんとライナーさんもしきりと感心している。
「弟や妹からの手紙にロスハイムギルドでクルトさんやデリアさんに親切にしてもらっているとよく書いてあったけど、本当に良く分かった」
あらら、私まで褒められちゃったよ。こうなるとクルト君とドワーフの少年のやり取りをただ見守っているだけというのも落ち着かないな。って、あ。




