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 そうこうしているうちに玄関でガチャリという音。クルト君は私に「シーッ」と言うと、音を立てずに玄関を窺う。


 フリッツさんのようだ。クルト君は挨拶すると、フリッツさんとライナーさんを執務室に連れてきた。


「こんにちは。フリッツさん、ライナーさん」

 私も挨拶する。


「こんにちは。デリアさん。今日はギルトのおかみ(アンナ)さん特製のパンと野菜を絞ったジュースを持ってきましたよ。ところで、どうですか? 調査は?」


「ありがとうございます。アンナさんによろしくお伝えください。書類の方はとにかく量がたくさんあるので、まずは分類整理からですね。まだしばらく時間がかかりそうですね」


「そうですか。時間がかかってもよいので、じっくりやってください。可能な限りバックアップしますので。そして、くれぐれも外へ出たり、夜に灯りを灯したりはしないでください」


「はい。気をつけます」


「ところで井戸は使えそうですか?」

 クルト君の問いにフリッツさんは笑顔で答える。

「大丈夫です。問題なく使えます」


「では早速ですみませんが、建物の炊事場で使えそうな水がめが三つ見つかったんで、水を汲んできてほしいのですよ。僕とデリアは外に出られないもので」


「了解です。水は生活必需品ですものね」 

 フリッツさんとライナーさんは頷くとクルト君に案内されて炊事場に向かった。


 その後ろ姿を見つつ、私は小さく溜息を吐いた。


 死んだ兄のエトムントは私とはとにかく考え方が合わなかった。仮に私がファーレンハイト商会を飛び出さなかったら、毎日大ゲンカだっただろう。


 だけど商人の基本だけはしっかりしていた。帳簿、記録簿、収支見込、将来計画、どれもこれもちゃんと作られていたようだ。正直どんぶり勘定されていたら、兄が何をしようとしていたかなど、永遠に分からないところだった。


 とは言え、書類の量は膨大。しかも、略奪した野盗が散らかしに散らかしてくれた関係で、解明には時間がかかりそうだが。


 などと思っていると、濡れ雑巾を持ったクルト君が笑顔でやってきた。

「フリッツさんとライナーさん。水がめ三つ搬入したら、巡回に戻るって。今回の食べ物の食器とかは夕方にまた食べ物を届けに来た時に引き取ってくれるって。あ、ちょっといいかな? デリア。濡らした雑巾でテーブルと机を拭くから」


 まずいなあ。何だかこの生活が心地よいよ。でも、いつまでもこのままってわけにはいかない。無料で食事提供してもらえるのも、世話を焼いてもらえるのも、あくまで好意だ。それにいつまでも甘えているわけにはいかない。それに建物から一歩も外に出られず、夜は息を潜めていなければいないような息の詰まる生活。長く続けられるものじゃないよね。


 クルト君はテーブルと机を拭き終わると、散乱した書類集めと清掃作業を再開した。さて、私も書類から兄の意図を探る作業を続けないと。


 ◇◇◇


 ロスハイムを中心都市とするこの地域で、ある程度以上の規模の商会を営みたいなら「鉄則」みたいものがある。


 まずはこの地域の生産物をいったん交通の要であるロスハイムに集積する。集積された生産物は、まずはロスハイム周辺で消費する。この地域には、その消費量の何倍もの生産量があるから、消費しきれない分はロスハイムからちょっと離れたところにある王都まで運ぶ。


 王都は一大消費地だから、この地域の余剰生産物などは殆ど消費してしまう。僅かな消費しきれなかった生産物は、他の商人の手によって、他の地域に送られる。


 そして、ロスハイム周辺地域での余剰生産物を王都に搬入したこの地域の商人は、王都でロスハイム周辺地域では手に入らない他の地域の生産物を王都で購入し、ロスハイムに持ってくる。その生産物はまたロスハイムからノルデイッヒなどの他の町に持ち込まれ、売られるのである。


 こう考えると、この地域の商会はロスハイムに本店を置くことが明らかに効率的で、合理的なのだ。ノルデイッヒ発祥のファーレンハイト商会がロスハイムに本店を移したのは当然だ。それをまたノルデイッヒに戻すって、うーん、分からない。兄は一体何を考えていたんだろう?


「デリア」

 クルト君から肩をぽんと叩かれる。

「フリッツさんたちが夕食を持ってきてくれたよ。今度はギルトのおかみ(アンナ)さんが焼いてくれたクッキーがついている。一息入れて、糖分とろう」


 うーん。この生活いいなあと思ってしまう。いやだからそういうわけにはいかないってと自分に言い聞かせる私。


 ◇◇◇


 翌朝、日の出と共に作業再開。


 仕入れ品を見ているとロスハイムの北にあり、海が近いオーベルタールからは海産物の加工品。


 南にあるファスビンダーは王都でもその名の高いブドウとワインの産地だ。仕入れるのはその二つ。ブドウとワイン。


 ロスハイムの近郊、カトリナちゃんのお父さんが村長(むらおさ)をやっているカロッテ村からは特産物のニンジンを筆頭に野菜類、他の近郊の村からは小麦にやはり野菜。


 そして、山脈が近いノルデイッヒからは木材とその加工品。


 これらをいったんロスハイムに集積して、ロスハイム周辺と王都に売る。普通に正統的でまっとうな商売じゃないか。

 どうして兄はこれを続けないで、他の人から恨みを買うような真似をしたんだろう。ノルデイッヒが関与する商取引から徹底的に他の商会やギルドまで締め出すようなことをしたんだろう?


「デリア。書類を持ってきたよ。再確認してみるけど、恐らくこれで全部だ」

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― 新着の感想 ―
ノルデイッヒに何か秘密があるのかな?( ˘ω˘ )
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