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剣と槍の柄のぶつかりあう音はもう聞こえない。それどころか、二人が立っている影も見えない。
まさか相討ち? 私は真っ青になった。大慌てで二人が打ち合っていた場所に向かって駆け寄る。すると……
いた。二人ともいた。大の字になって仰向けに倒れ、肩で息をしている二人を。
と言うか、二人ともこんな状態で野盗や魔物に襲われたらどうするんですか? イチコロですよ。
「おおっ、デリアか。久しぶりだな。心配すんな。そういう奴らが来れば、自動的に体が動き出して、ぶちのめす。オーベルタールの警備隊長を舐めるな」
「僕もそういう奴らが来れば、自動的に体が動き出して、ぶちのめす。安心して。デリア」
クルト君。あなたもっと慎重派じゃなかった? お師匠のグスタフさんと久しぶりに会っての、大激闘を経て、お師匠の「脳筋」が感染しちゃった?
「まあそれはともかく陽が昇る前にクルトとデリアをノルデイッヒの市内の建物に入れないとな。明るくなってからではどこに人の目があるか分からん」
「いえ、グスタフさん。そういうことなら何故クルト君との戦いにあんなにも時間を割いたんです?」
「そりゃあおまえ、クルトの野郎がしでかしてくれたからじゃねえか。せっかく将来のロスハイムギルドの取りまとめ役に期待していれば、ロスハイムの警備隊と大ゲンカ。すっかり日陰者の身だ。もうギルドがおおっぴらに守ってやることもできねえ。クルトは自分で自分を守るしかねえ。そうなっちまった弟子がどのくらい強くなったか、確かめるのは師匠として当然だろう」
「……」
「まあ途中から戦っているのが面白くなっちまったてえのも事実だが」
後から言ったことの方が大きくないですか?
「とにかく市内に入るぞ。おまえらに会いたがっている人たちがいる。すげえ心配してるぞ。ついてこい」
◇◇◇
グスタフさんに連れていかれたのはノルデイッヒのギルドだった。一目見て思った。これは一体。
ガラス窓はみな割られ、壁にも大きな穴がいくつか開いている。
グスタフさんは壊れかけた扉が完全に壊れないように静かに開け、私たちは後に続くように中に入った。
「!」
室内も酷かった。中にあったテーブルや椅子は数が減っている上にバラバラに散乱し、元の数がもうあまりなかった武具も更に減って、散乱している。
「略奪に遭ったのですか?」
敢えて淡々とグスタフさんに問うクルト君。
「ああ、やられている途中で、うちのノルデイッヒ出身の警備隊員が駆けつけて、野盗どもは追い払ったんだが、ある程度のものは盗られちまったみたいだ」
「いや、それもあるんですが」
私はもっと気になっていることを問う。
「ギルドマスターのトマスさんと奥さんのアンナさんは無事だったのですかっ?」
「デリアちゃん」
私の質問にグスタフさんが答える前に後ろから声が、かかった。アンナさんだ。
「アンナさんっ!」
私は思わず駆け寄って抱きついていた。
「良かった。無事だったんですね」
アンナさんはそんな私を抱きしめ返し、右手で私の頭をポンポンとたたく。
「デリアちゃんこそ、いろいろあったって聞いているけど元気そうで良かったよ」
そして、後ろからのっそりと姿を現したのはギルドマスターのトマスさん。
「トマスさんもご無事で」
こちらにはクルト君が声をかける。
「いやあ面目ねえ」
頭をかくトマスさん。
「昔取った杵柄で雑魚の野盗なんぞ槍一本で追い払えると思っていたが、いやあ年は取りたくねえな。グスタフのところの若い衆が来てくれなかったら、きつかったわ」
「トマスさん。年を考えてくれよ。命あっての物種だぜ。無茶すんなよ」
「無茶すんなよって、グスタフ。おまえさんだけにはそれを言われたくねえぞ」
トマスさん。ロスハイムのギルドマスターのゼップさんとも仲が良かったけど、グスタフさんとも仲が良いんだな。何だが微笑ましい。
◇◇◇
「ところで」
トマスさん、コホンと一つ咳払い。
「クルトがロスハイムの警備隊と大ゲンカしたことはこっちも聞いているが、それは今更言うまい。だが、その後、すぐにノルデイッヒに来たのはどういうわけだ。クルトはロスハイムほどじゃないが、ノルデイッヒでも顔が売れている。残念だが、うちのギルドで受け入れるわけにはいかんぞ」
「はい、それは」
代わって私が答える。
「クルト君と旅立つことに先立って、どうしても一つ気がかりなことがあったんです。それを確かめたくて、ノルデイッヒに来ました」
「ノルデイッヒで確かめたいこと?」
トマスさんの目が光る。
「デリア、それは一体なんだね?」
「ファーレンハイト商会のことです」
「ファーレンハイト商会……」
アンナさんの目も光る。
「ファーレンハイト商会はノルデイッヒが発祥の地。でも、発展したので、より町の規模が大きく、交通の要地でもあるロスハイムに本店を移しました。そこまでは分かります」
「……」
「だけど死んだ兄のエトムントは父からの代替わりに際して、本店をまたノルデイッヒに戻そうとしていた。その理由を知りたかったのです」