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私もノルデイッヒに住んでいたことがあるので良く分かっているが、城壁に囲まれた市内への入り口は正式には西にある正門だけだ。
しかし、この町には人一人がようやく通れるような通用門が東側にも一つある。荷物の搬入搬出には全くもって適さないので、外部には殆ど知られていない。
まさしくグスタフさんと私たちが密会するにはふさわしい場所だった。
城壁の外で待ち受ける私たちの前で、あまり使われないためであろう東門の扉がきしんだ音をたて開いた。
そして、熊を思わす巨体の大男がその姿を現した。言うまでもない。グスタフさんだ。しばらくお会いしていないうちに更にごつくなられましたね。
しかし、何と言っても凄まじいのは身にまとう「闘気」。うっかり近づけば一刀両断にされても仕方がないような迫力だ。
一応、「立会い」という立場の私ですら、凄まじい緊張感を強いられる。クルト君はもっとだ。真剣な表情で両手で槍をしっかり握っている。
「デリア。離れていて。僕は大丈夫だから」
そう言われても凄く心配ではある。しかし、私が近くにいるとグスタフさんとの戦いにクルト君が集中できないだろう。私はゆっくりと後ろに下がる。
グスタフさんとクルト君は暗闇の中で対峙する。お互いの姿はよく見えているようだ。私にも辛うじて見える。この男同士の師弟対決に私はとても割って入れないが、何かあった時のために治癒の魔法だけは用意しておくことにした。
それにしても3年振りに再会した男同士の師弟って、いきなりこういう真剣勝負になるものなんだろうか。恐らく違うと思う。
グスタフさんが大剣を真正面に構える。クルト君は槍の柄を持つ両手の幅を少しずつ広げる。来る。
「うおりゃああああ」
グスタフさんは大剣を大上段に振り上げ、声を張り上げる。そしてそのままクルト君に向かって突進。
クルト君は槍の柄を前面に出し、適度に広げた両足に力を入れ、迎え撃つ。槍の柄はクルト君専用の太い鉄芯が入ったのを木で覆ったものだ。ぱっと見は普通の木製の柄にしか見えない。
「どりゃああああ」
グスタフさんはその柄に思い切り斬撃を撃ち込む。柄を覆う木の部分はたちどころに砕け散る。普通の木製の柄だったら、そのままクルト君まで真っ二つになるところだ。
しかし、この槍の柄は太い鉄芯入り。クルト君、相当、体全体がしびれているだろうに、押されながらもしっかり受け止める。
「ちいっ!」
グスタフさんはいったん大剣を引き離すと怒鳴る。
「クルトッ! その槍の柄は何だっ?」
「特製の鉄芯ですよ。グスタフさん」
そう答えたクルト君の顔は緊張しながらも少し笑っていたようにも見えた。
「ふんっ! 小賢しい真似をしやがって」
グスタフさんは後ろに下がり距離を取ると、大剣を真正面に構え直す。
「もう頭にきたぞ。何としても貴様を倒してやるからな。覚悟しろっ! クルトッ!」
ちょっと、グスタフさん、大丈夫? まさか本気でクルト君を殺す気じゃないでしょうね?
◇◇◇
その後もグスタフさんは大剣を大上段に振りかぶっては、クルト君に向かって突進。クルト君は太い鉄芯の柄で受け止めるというのを四度か五度繰り返した。
「くそっ!」
突進の全てがクルト君に止められたグスタフさんは何と大剣を投げ捨てた。
「クルトーッ! おまえは俺が力任せの攻撃しかできないと思っているんだろうが、技も使えるんだぜ」
脇に差してあった鞘から抜かれたのは普通の大きさの剣。
「おりゃあ、喰らええっ!」
グスタフさんは思い切りクルト君の近くに踏み込むと、剣を横に薙ぎ払った。え? それって?
恐らく私より早くグスタフさんの意図に気がついたクルト君は槍の柄を風車のように回す。
ガチンガチンと柄の鉄芯が音をたてる。
「くっ、気がつきやがったか」
「気が付きましたよ。僕はハンスさんがその技を使うところを見ているんです」
ハンスさんの必殺技「水平疾風斬り」だ。驚いた。グスタフさん、こういう技も使えるんだ。それをすぐに見破ったクルトくんも凄いけど。
「ふんっ、俺の技がこれだけだと思うなよっ!」
グスタフさんはクルト君に突進すると普通の大きさの剣で斬りかかる。クルト君は槍の柄の鉄芯で防御。しかも、隙あらばグスタフさんの心臓を槍で一突きにしようとしている。
二人とも目が真剣。大丈夫か、この師弟。途中から本気でお互いを殺しにいってないか。私は「雷光」を用意した。どちらかがどちらかの命を取ろうとした時、二人にこの魔法をぶつけて止める。大丈夫、こんな魔法ごときで死ぬ二人ではない。
その間にもグスタフさんとクルト君のつばぜり合いは続く。二人ともよく気力・体力が続くものだと感心する。
見守るこちらの方にも睡魔が襲いかかってくる。しかし、寝るわけにはいかない。うっかり寝ている間にどちらかがどちらかを殺したなんてことになったら、悔やんでも悔やみきれない。だけど、眠い……。
…… …… …… ……
しまったっ! うっかり眠ってしまったっ! 二人はっ? 二人はどうなったっ?




