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私は頷く。私にもこうしたらいいというアイデアは出ない。ここはクルト君に任せよう。
クルト君は私に槍を預けると。ゆっくりとノルデイッヒの門番のところに向かって歩いた。ここで愛想笑いの一つも出来れば、相手方の警戒心も更に緩むのだけれど、これをクルト君に求めるのはやはり酷なようだ。
自分は武器を持っていないということをアピールするため、両腕を広げて歩くクルト君。しかし、二人の門番は緊張した面持ちで槍を構える。まあ、これは仕方ない。中には己が拳を最大の武器にしている者もいる。油断はできないという気持ちは分かる。
それに門番たちの出で立ちはしっかりしていた。以前、ロスハイムギルドのメンバーたちと一緒にノルデイッヒを訪れた時のようなやさぐれた感じはない。グスタフさんがオーベルタールから連れてきた警備隊員なのだろう。
「何者か?」
門番たちの問いにクルト君は緊張しながらもゆっくりと答える。
「ぼっ、ぼっ、僕は両親を野盗に殺された孤児で、昔、オーベルタールの警備隊長でグスタフさんに大変お世話になった者です。お会いしたいのですが」
二人の門番は顔を見合わせる。そのうちに一人がクルト君に問いかける。
「君の名前は何というのだ?」
口ごもるクルト君。ここでクルト・ギュンターと名乗るわけにはいかない。どこで誰が聞いているか分からないし、ましてや門番と談判するクルト君は周囲の注目を浴びる身。
「ぼっ、ぼっ、僕の名前はゲルト・グンターです」
うわっ、慌てていたとはいえ、もっとひねった偽名名乗りなよ。それじゃ本名とあまり変わりないじゃない。
「ゲルト・グンターだな。警備隊長に聞いてくるので、しばしそこで待たれよ」
慌ただしく街中に走って行く一人の門番。特に門番たちも怪しく思っていないようだし、周囲の目もいぶかしむのもなさそうだし、取りあえずはよしとするか。
◇◇◇
ほどなく門番の一人が一人の警備隊員を連れて戻ってきた。グスタフさんではないけれど、見た目若いが、結構貫禄がある。小隊長みたいな人かな。
「ゲルト・グンターどの。おられるか?」
「はっ、はいっ」
クルト君が前に出る。
「グスタフ警備隊長の言葉を伝える。『ゲルト・グンターなどという者は知らん。おおかた、武芸で俺に挑んで、名を上げようという冒険者だろう。面白い。相手してやる。深夜に東門の前に来い』とのことだ」
「……」
何と対応したらよいか分からず固まっているクルト君。いや、これは。
私は慌ててクルト君のところに駆け寄り、クルト君に代わって、ぺこりと小隊長みたいな人に頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます。お話は承りました。グスタフ警備隊長によろしくお伝えください」
小隊長みたいな人は一瞬笑顔を見せたが、すぐに謹厳実直な顔になった。
「では、伝えたからな」
私は固まっているクルト君の頭を右手で押して、自らも頭を下げた。
「はい。ありがとうございます」
頭を下げている最中に聞こえた会話。
「何も副隊長自ら伝言に来なくても」
「いや、たまには現場も見ないと。門番の人たちがどういう仕事やっているか見たかったし」
何と副隊長だったのか。見たところまだ若そうなのに。凄いなあ。
◇◇◇
「グスタフさんも私たちが死んだことになったということは知っているはずです。だから、『ゲルト・グンターなどという者は知らん』と言ったのでしょう」
二人きりに戻った時、私はクルト君にそう語りかけた。頭をかきながら頷くクルト君。
「そうなんだよね。でもむしろ僕が驚かされたのはグスタフさんから『相手してやる』と言われた方なんだよ」
「へ? どういうこと?」
「グスタフさんは僕の師匠だけど、今まで本気で相手されたことはないんだ。いつもあくまで稽古だった。でも、今回は違うと思う。本当の本気で来る。気をつけないと殺されかねないと思う」
「! そうなの?」
「うん。そう思える理由は二つある。一つは僕がロスハイムの警備隊とトラブルを起こし、ギルドを離れることになったことを怒っているんだ。ギルドを背負っていくものと思っていたみたいだから」
うん。それはね。クルト君に期待していたのはグスタフさんだけではないし、ことにグスタフさんにとってクルト君は直弟子だし、期待していた分、厳しくなるのは仕方ないかもしれない。
「もう一つは純粋にレベル18の『僧侶戦士』になった僕と真剣勝負をしてみたいのだと思う。血がたぎるというか」
「え? そうなんですか? よく分からないですが、男の人の師弟関係ってそういうものなんですか?」
「いや違うと思う。僕はハンスさんにもギルドマスターにも教えを受けたけど、そんなことが感じられるのはグスタフさんだけだから」
考えてみれば、私たちは死んだということになっていて、実は生きていることが露見したら都合の悪い、言わば日陰者だ。
そんな私たちに、今や押しも押されぬ有力者オーベルタールの警備隊長が会ってくれるというのはとても有り難い話である。しかし、その際に血がたぎるから一戦交えたいというのも凄い。