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その夜、私とクルト君は始めて交じり合った。
場所は廃屋。ロスハイムギルドにあったクルト君の部屋と比べても綺麗じゃないけど、それでも私は嬉しかった。
その後、私たちはどちらともなく眠りに落ちた。以前は「魔物」や野盗の夜襲を恐れて交代で寝ずの番をしていたけど、新しい「魔法」である「番犬」が開発されたんだ。
全ての「魔法」を持つことをモットーとするナターリエさんはすぐに飛びつき、安かったので私とカトリナちゃんも一緒に買った。
要は「魔物」や野盗などの怪しいものが近づいたら頭の中に警報が鳴って、目が覚めるという「魔法」。
もうクルト君も私も一定のレベルに到達しているので、ある程度経験を積んだ野盗とかはそれと察して、近づいてこないだろうけど、
◇◇◇
翌朝、私とクルト君はどちらからともなく目を覚ました。
お互いの顔を見つめているけど、何だか照れくさい感じもする。
「「あの」」
言い始めの声がかぶった。
「あ、クルト君の方からどうぞ」
「あ、いやいやデリアの方から」
「いえいえ。どうぞ」
「いやいやデリアから」
その後、私たちは共に沈黙し、そして、大笑いしあった。
それから私はクルト君に問うた。
「クルト君。昨日の晩言っていた、これからやってみたいということを教えてください」
「うん」
クルト君は静かに微笑しながら言う。
「僕の今までの目標は一人前の『僧侶戦士』になることだったけど、それはほぼ達成された。こないだあったことも考えて、新しい目標を立てたんだ」
「それは?」
「武装商人になろうと思う」
「武装商人?」
「うん。形だけの面ではあるけど、僕は今でもギュンター商会の当主だし。デリアも昨日、弟のエルンストから当主の座を譲られたから、ファーレンハイト商会の当主だよね。商人ではある」
「そうですね」
「そして、この二つの商会には共通点がある。二つとも護衛を人任せにしてしまって、そのせいで殆どの当主の家族が死んでしまった」
「……」
「僕はグスタフさんに言われたことが頭を離れないんだ。商人と言えど自分の身は自分で守らなければならない。それが野盗たちへの復讐にもなる」
「強くなりたい。野盗たちが集団で襲撃しても、グスタフさんのように一人でも撃退できるようになりたい。それでいて、たくさんの商品を運べる商人でもいたい」
私は感動した。やっぱりクルト君だ。しっかりした考えをもっていた。
「それでね。デリア」
「はい」
「実はそこまでは考えたんだけど、そこから先が何も考えられないんだ。どこへ行こうとか、何をやってみたいとかが何も思いつかない。稼がなくてはならないと思ってはいるけど、何をしたらよいのか見当もつかない」
思わずクスリとした。そういう素直なところもクルト君のいいところなのだ。
「じゃあクルト君。今度は私の考えていることをお話ししますね」
「うん」
「今、私が当主をしているファーレンハイト商会はノルデイッヒが発祥の地です。しかし、私の父は本店をロスハイムに移しました。四方に街道が走る真ん中にあるロスハイムは交通の要地で、本店を置くのに便利だったからと聞いています」
「うん」
「ところが父の後を継いで当主になることが決まっていた兄のエトムントは本店をノルデイッヒに戻そうとしていました。これは私に当主の座を譲った弟のエルンストが『兄は本店をノルデイッヒに戻して統括。自分は支店に戻したロスハイムの店を任される予定だった』と言っているので間違いありません」
「……」
「私は知りたいのです。何故、兄が本店を交通の要所であるロスハイムからノルデイッヒに戻そうとしていたか。その手がかりを得るためにノルデイッヒのファーレンハイト商会の支店に行ってみたいのですよ。恐らく酷い略奪に遭っているでしょうから、どのくらい資料が残っているか分かりませんが」
「ふーん」
何やら思案顔のクルト君。
「デリアは亡くなったお兄さんがノルデイッヒに本店を戻そうとした理由を何かある程度予測はついているの?」
「あくまで私の推測でしかないんですけど、あります。ただ、実際に確かめてみないと何とも言えませんが」
「分かったっ!」
私の手を取り、立ち上がるクルト君。わあ。
「行こう。一緒にノルデイッヒに」
私の手を取ったまま駆け出すクルト君に引っ張られ、私も自然と駆け出す。
最後は他のギルドメンバーが守ってくれた今までと違い、これからは全てのことを自分たちで対処しなければならない。
それでもクルト君がいてくれるなら、何とかなると思う。根拠もなく、理屈もなく、ただの確信だけど。
もうある程度のレベルにある野盗や魔物には私たちの力が分かるらしく、襲撃してこない。
しかし、小物の野盗は見境なく襲撃してきた。この程度の敵にクルト君の手をわずらわせることもない。手持ちの「火炎」「冷凍」「雷光」で難なく叩きのめす。
それでもノルデイッヒが近づくにつれ、その数も減ってきた。今のノルデイッヒはオーベルタールの護衛隊長、クルト君の師匠でもあるグスタフさんが治安維持に当たっている。その効果が出てきて、怪しい者は近づけないのだろう。しかし……
怪しい者と言われたら、今の私たちもそうなのだ。何しろクルト・ギュンターもデリア・ファーレンハイトも「死んだことになっている」のである。
当然、死人である私たちはかつてのような「ロスハイムギルドの所属証」などは持っていない。身分的にはその辺の野盗と同じなのだ。
頼みの綱と言えば、今、実質、ノルデイッヒを管理しているのがグスタフさんだということだが、いきなり会いたいと言っても周囲の人が会わせてはくれまい。そして、自分たちはクルト・ギュンターとデリア・ファーレンハイトだと名乗るわけにもいかないのだ。
どうしようかと思っていると、やがて、クルト君は意を決したように口を開いた。「デリア。うまくいくかどうかは分からない。でも、ここは任せてもらいたい」




