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だけど、その後、ゼップさんが意外な言葉を聞かされた。
「まあ、こうやって、わしがクルトに教えられるのはこれが最後になりそうだが……」
◇◇◇
僕は驚いた。死なずに済むと言われたばかりなのに、何故、今回が最後なんだ?
ゼップさんは黙ったままだ。どういうことなんだ?
代わりに口を開いたのはハンスさんだった。
「クルト君。君はもう死んだことになっているんだよ。その君がロスハイムギルドにいちゃまずいだろう」
! その通りだ。この後も僕がロスハイムギルドにいたら、せっかくのゼップさんの偽装工作がぶち壊しだ。今度こそ本当に国軍にギルドごと潰されかねない。
「全く、八年もかかって、ようやくここまで育ってきた奴を手放さざるを得ないなんざ、わしだってやりきれねえんだよ」
ゼップさんの言葉に僕はただ頭を下げることしかできなかった。
「明日にゃ、ゼップさんとナターリエがクルトの偽首を届けに行く。今日の深夜にはロスハイムを出ろ。後、人の口に戸は立てられないからな。このことは限られた奴にしか言えん。ギルド全体への挨拶もなしだ」
「すみません。ゼップさん」
「ゼップさんへの謝罪の前に、もっと他の者に言うべきことがあるんじゃないのか?」
「あっ」
僕はようやくデリアの視線に気が付いた。
◇◇◇
「デッ、デデデ、デリアッ」
その時の僕はまるでデリアと付き合い始めたばかりのようだった。
「ぼっ、ぼぼぼ、僕とっ、出来たらっ、いやっ、違うっ! 僕と一緒に来てほしいっ!」
デリアはちょっとだけ驚いた顔をのぞかせたが、すぐに笑顔を見せてくれた。
「はい」
ハンスさんは苦笑した。
「クルト君。やっと自分でちゃんと言えるようになったね」
ゼップさんは小さく溜息を吐いた。
「全く手間がかかる奴だ」
◇◇◇
僕たちは他のギルドメンバーが起き出す前に静かにゼップさんの家に向かった。八年間住んだ部屋の名残を惜しむ間もなかった。
もともと冒険者である僕の部屋に余分なものはない。ザック一つと槍一本で事足りる。僕の部屋は空き部屋になった。
デリアはもともとゼップさんの家に住んでいるし、今はやはりそう余分なものは持っていない。ザック一つと鉄の杖一本で足りる。
「また、クルト君、豪快にしでかしてくれたねえ」
クラーラさんは呆れ顔だ。
「す、すみません」
「まあ、やっちまったことはしょうがない。だけど、私の娘同然のデリアちゃんを連れて行くんだ。しっかり守らないと承知しないよ」
「はい……」
さすがに申し訳ないという気持ちになる。
「まあ、そうがっかりしなさんな。これでまるっきりロスハイムに帰って来られないわけでもないよ」
「え?」
「そうだろ? ゼップさん」
「ああ」
クラーラさんに問われたゼップさんは淡々と答える。
「あの警備隊の奴は美食と淫蕩のやり過ぎだ。どう見ても体にガタが来ている。まあ、十年、長くても二十年は生きまいよ」
「でも、他の警備隊の人が……」
「警備隊はバラバラだ。刺された当人が死んじまえば、クルトのことなんか忘れちまうさ」
「そうですか……」
何か少しほっとしたような、警備隊がそれでいいのかという疑問と複雑な思いだった。
「まあ、わしの方もあと二十年生きられるか怪しいがな」
ゼップさんは少し寂しそうに笑った。
◇◇◇
夜はすぐにやって来た。そして、ここはロスハイムの城門のすぐ内側。門番はゼップさんの頼みを入れ、場を外してくれている。門番もギルドを信用していて、警備隊には不信感を持っているそうだ。
並んで立つ僕とデリアの前にゼップさんが選んだ秘密を守れるメンバーが見送りに来てくれた。
「まあ、なんだ」
口火を切ったのはゼップさんだ。
「十年後の最強パーティーのリーダーをこんな形で失うのはやりきれなかったんだが、考えてみりゃ、これも女神ヴァーゲの思し召しかもしれん。クルトをもっとでかくするためのな」
「……」
頭が下がった。暴走しまくった僕にここまで気遣いしてもらえるとは。僕もいつかゼップさんのように器の大きな人間になれるのだろうか。
「デリアちゃん。八年間、私たちの娘になってくれてありがとうね」
これはクラーラさんだ。
「ごめんなさい。クラーラさん、長いことお世話になってきたのに、こんな形で家を出ることになってしまって」
デリアはクラーラさんにすまなそうに頭を下げる。いや、デリアは悪くない。この事態を引き起こしたのは僕だ。
「何言ってんだい。娘はいつか巣立つものさ。実の娘のシモーネも巣立って行った。そして、今度はデリアちゃんってことだよ。おまけに家にはカトリナちゃんが来てくれることになったし、娘がどんどん増えるのは嬉しいことさ」
笑顔を見せるクラーラさんにデリアも涙を浮かべながら、笑顔を見せる。