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嫌らしさの滲み出た下卑た笑顔を浮かべた野盗が待ち構えていた。
くっ、挟み撃ちか。それにしても、野盗って奴はどうして、どいつもこいつもこういう下卑た笑いを浮かべやがるんだ。
「ご苦労さん。大人しく後ろの娘を渡してくれれば、命だけは助けてやるよ。他に全財産も、もらうがな」
「くそっ」
僕は槍を野盗に突き出した。
「おおうっと、どこ狙っている?」
駄目だ。まだ、呼吸も整っていない。当然、敵にも刺さらない。
「おらおら、どうした。刺してみろっ!」
野盗は挑発してくる。だが、向こうからは攻撃してこない。追いかけてくる仲間を待っているのか?
だとすると、早めに今いる野盗を倒してしまわなければならない。デリアを庇いながらの二対一はかなりきつい戦闘になる。
しかし、今いる野盗は僕の攻撃に対する回避に専念している。そういった敵を倒すのはかなり難しい。
僕はそれでも必死になって、槍を野盗に突き出した。
「当たれっ! 当たれっ!」
「ははは。当たるものか」
そして、とうとう後方からもう一人の野盗が姿を現した。
◇◇◇
「デリア。これから僕は色々な動きをする。でも、絶対に僕の背中から離れないで」
僕の呼びかけにデリアは真剣な表情で頷く。そして、両手で「ひのきのぼう」を力の限り握っている。
「ははは。こっちの仲間が来たな。決断がおそかったな小僧。おまえには死んでもらう」
前方の野盗が僕の懐に飛び込んで来た。
◇◇◇
前方の野盗の振ったナイフが僕を襲う。
槍の柄でブロックしようとするが、間に合わない。僕の右の二の腕がえぐられる。
「くっ、治癒」
治癒魔法で止血する。出来ればもう二回治癒魔法をかけて完治させたいところだが、相手は待ってくれない。
後方の野盗がデリアを略取せんと突進してくる。
僕は向きを変え、槍で後方の野盗を狙う。
後方の野盗は左に回避する。
僕もそれに合わせて、左に旋回する。
今度は前方の野盗がデリアを略取せんとする。
僕はあわてて右に旋回し、槍で前方の野盗を狙う。
その隙を突き、後方の野盗のナイフが僕の左脇腹を狙う。
左足を蹴りだし、後方の野盗を蹴らんとするが回避される。
これでは埒が明かない。僕の体力が持たない。どうすればいいのだ。僕の頭に血が昇る。
◇◇◇
不意にグスタフさんの言葉が脳裏に蘇った。
「いいか。クルト。苦しい時こそ冷静になれ。焦ったら最後のチャンスも逃げて行く。そして、ピンチはチャンスだ。相手に必ず慢心ができる。先を読んで、そこを狙え」
冷静に…… ピンチはチャンス…… 先を読め……
僕は自分に言い聞かせた。その時、前方の野盗がデリアを略取せんと再度右から突進してきた。
ここだっ!
◇◇◇
僕は前方の野盗に向かい、槍を突き出すように見せかけた。
前方の野盗は、そらきたとばかりに、右に回避する。そこに待っていたのは……
僕の槍の一撃だ。
「なっ」
前方の野盗はそんな馬鹿なという表情だ。そうだ、僕は初めから野盗が回避するであろう場所を狙っていたのだ。
僕は突き刺した槍の柄を力を込めて、右に回す。
前方の野盗から苦痛の呻き声が上がる。
ここで情をかける訳にはいかない。動かなくなるまで、柄を回した。
前方の野盗が動かなくなった時、後方から悲鳴が聞こえた。
もう一人の野盗がデリアを捕らえようとしていた。しまった。前方の野盗に気を取られ過ぎた。
デリアは必死で「ひのきのぼう」を振るい、抵抗するが、元の戦闘レベルが違う。徐々に追い詰められていく。
だが、窮鼠の一噛みか、「ひのきのぼう」の一撃が野盗に命中した。
「こんの小娘があっ!」
まずい。野盗の奴、激昂しやがった。
◇◇◇
野盗はデリアをナイフで切りつけ、悲鳴を上げたデリアは「ひのきのぼう」を落とした。
「くそうっ! あの野郎っ! 僕の大事な依頼主を。デリアを傷つけやがったっ!」
僕は怒りの咆哮を上げ、槍の先端を野盗に向け、突進した。
◇◇◇
僕の気迫に野盗はぎょっとして、こちらを振り向いた。
デリアはその隙に反対側に逃走した。
「あっ。この小娘」
慌てる野盗を僕は怒鳴った。
「どこ見てやがるっ! お前の相手は僕だっ!」
野盗は意を決したかのように、僕の方に向き直した。
「舐めるなよ。このガキっ! 一対一だって、貴様なんぞに負けるかっ」
だが、その時の僕の槍の突き出しは最初の時より格段に速かったと、後でデリアが教えてくれた。
野盗は回避し切れず、あちこち刺された上、五撃目で心臓に槍が突き刺さり、絶命した。
◇◇◇
「デリアッ! デリアッ! 野盗は全部倒した。どこに行ったんだ?」
僕は倒した野盗の懐を探ることなど、すっかり忘れ、デリアの姿を捜した。
やがて、少し離れた大木の陰からデリアがゆっくりとその姿を現した。
「クルト君。敵は全部倒せたの? クルト君は大丈夫なの?」
「デリアッ。僕は大丈夫。それよりこっちへ来て、治癒魔法をかけてあげる」
「治癒魔法は貴重なんでしょう? ここで使っちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫。僕は僧侶戦士になるんだよ。治癒魔法はたくさん持っているんだ。だから、大丈夫」
ようやく納得したデリアはこちらにやってきた。
僕は続けざま三回デリアに治癒魔法をかけた。
「凄いっ。治癒魔法って凄いんですね。痛みも傷跡ももう全然ないです」
デリアはしきりに感心していた。
僕は自分にも三回治癒魔法をかけた。体力は全回復した。
「さて、急いで行かないと、今日は日没までにノルデイッヒに行かなければいけないんだ」