49
「はい……」
堕落し切った今の警備隊のみが相手なら、このギルドはものともしないだろう。だが、警備隊は王軍とつながりがある。警備隊に本格的に立ち向かうということは、この国に対して反乱を起こしたということと同義だ。そうなれば……
このギルドは王軍によって皆殺しにされるだろう。ゼップさん夫妻はもちろん、ハンスさんもナターリエさんもカール君もヨハン君もカトリナもパウラもエルンストも、そして、デリアも……
そんなことは受け入れられる訳がない。そうならないためにはどんな形でも責任を取ろう。そう思った僕にゼップさんの声が響いた。
「警備隊はクルトの首を要求してきた」
◇◇◇
僕は黙って頷いた。警備隊の者は僕に命を取られそうになったのだ。和解の条件としては考えられた。ましてや警備隊の者はプライドが高い。
「それはクルト君に死ねということですか?」
黙っている僕の代わりに口を開いたのはデリアだった。
「いや待て」
ゼップさんが答えを返す前にデリアはその胸倉を掴んだ。
「おかしいじゃないですかっ! 警備隊の者は怪我はしたけど、死んではいないっ! おまけにカトリナちゃんとパウラちゃんがすぐに『治癒』をかけたから、傷口も残っていないっ!」
「うぐっ、そっ、その通りだ。デリアッ!」
「ならっ、どうしてクルト君が死ななきゃならないんですっ? 大体、今回のことは警備隊の者が、エルンストに渡すはずだった金貨を使い込んだことが原因でしょうっ! クルト君が怒るのは当たり前ですっ!」
そこへもう一人の声がした。
「デリアちゃん。君の言うことは正しい。だけど、ゼップさんの話はまだ途中だ。つかんだ胸倉を放してやっちゃもらえないか?」
◇◇◇
「ハンスさん」
デリアは部屋に入って来たハンスさんに気付き、つかんだ胸倉を放した。
ゼップさんは大きく深呼吸をして、息を整えた。
「ふぃー、わしの方が殺されるかと思ったぜ。で、ハンス。頼んでたものは用意できたのか?」
ハンスさんは大きく溜息を吐いてから答えた。
「素材は嫌になるほどありましたよ。クルト君と同じくらいの年格好の大野盗団の構成員の死体」
え? それって?
「若え奴がそんだけ野盗になっちまってる現状は嘆かわしいが、クルトの偽首は何とかなりそうってことでいいんだな?」
「ええ。ご要望とあらば五つくらいは用意できそうですよ」
ゼップさんはデリアの方を振り向いた。
「ということだよ。デリア」
デリアは顔を真っ赤にしている。
「ごっ、ごめんなさいっ。私、クルト君が殺されちゃうかと思ったら、我を失って……」
ゼップさんは苦笑した。
「本当におまえら二人は似た者同士だわ」
僕の偽首を用意する? デリアは納得しているみたいだけど……でも、僕は……
◇◇◇
「ちょっと待ってください。みなさん」
僕の言葉に他の三人は振り向く。
「僕だって死にたくはない。僕の偽首を用意してくれたのはとてもありがたいことです。でも、もしそれが偽首だと警備隊の者にばれたら、今度こそギルドは皆殺しにされてしまう。僕一人のためにギルドのみんなをそんな目に会わせたくはない。ここは本物の僕の首で……」
デリアが立ち上がる。
「クルト君っ! 何を言うのっ! せっかくみなさんがクルト君の命を助けようとしているのにっ!」
「待てっ! デリアッ!」
ゼップさんがデリアを制する。
「わしは以前よりおまえさん方二人に言っときたかったことがある。こんな機会になるとは思わなかったが、これから言うっ! ようく聞けっ!」
「……」
僕とデリアは沈黙する。ゼップさんはハンスさんを一瞥する。ハンスさんは大きく頷き、ゼップさんの話が始まる。
「いいかっ? わしら庶民が生き延びていくにはいろいろな要素が必要だ。おまえさん方二人が山のように持っているクソ真面目さと正義感も信用を得るためには必要だ」
「はい……」
「だが、生き延びるためには駆け引きや強かさも必要なんだ。今回のことで言えば、何で警備隊がクルトの首に固執するかと言えば、自分を殺そうとしたクルトが怖くて怖くてしょうがねえんだよ」
「!」
「だから、警備隊の者は一刻も早くクルトの首を見て、自分の身の安全を確認したい。その気持ちが少々の外見の違いは目をつぶらせちまう」
「でも……」
僕は腑に落ちなかった。
「こっちはそう思っていても、警備隊の者が案外よく見てるかもしれないじゃないですか?」
「おうっ、そこが今回の肝だ。クルトの偽首を警備隊に届けるのはわしの仕事だが、その時にナターリエを随行させる。秘書という名目でな。何でだか分かるか?」
「あ……」
デリアの方が気付いた。
「警備隊の者に『幻影』の魔法をかけるんですね」
「さすがデリアは魔法使いだな。その通りだ。ただでさえナターリエの魔法は一級品だ。それに加えて警備隊の者はクルトの偽首が本物だと思いたいと言う願望がある。勝ったも同然だ。駆け引きと言うのはこうやるもんだ」
「……」
こう言うのを聞かされると、本当に僕はまだまだだと思う。それに助かった。僕だって命は惜しい。それに僕が死んだら、デリアはどうなってしまうのだろう。悲しみのあまりの後追いなんて絶対されたくない。