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ナターリエさんが魔法をかける。その隣をハンスさんががっちりと守る。
やがて、背後に数えきれない程の「魔法の矢」が姿を現す。
上級魔法の「魔法の矢・嵐」だ。僕も見るのは初めてだ。戦場に緊張が走る。
ナターリエさんがゆっくりとミスリル製の杖を振り降ろすと「魔法の矢」は一斉に大野盗団に襲い掛かる。
自動追跡機能付きだから、敵が「魔法の矢」を叩き壊すか、その身に刺さるまで止まることはない。
大野盗団の中の多くの者を屠った後、ハンスさんが先に駆け出す。
遅れてはならない。僕とカール君とヨハン君も槍を持って後を追いかける。
その時、一陣の風が吹いた。そして、どおっと音がした。
話には何度も聞いていた。でも、実際に見るのは初めてだ。
ハンスさんの必殺技、剣を横に薙ぎ払う「水平疾風斬り」。五人の敵が一挙に倒された。
「馬鹿野郎っ!」
不意に後方から声がする。
「見境なく野盗を殺すなっ! お宝の隠し場所を白状させられなくなるだろうがっ!」
警備隊の連中だ。前に出て戦おうともしないくせに何を言ってるんだ。
「気にしなくていいよ」
ハンスさんはあくまでクールで穏やかに言う。
「下手に手加減したら、こっちが命を落とすことになる。その時は誰も補償なんかしてくれないんだ」
だけど、その目つきは厳しく鋭かった。
◇◇◇
僕らも負けてはいられない。強力な魔法をかけてからの「水平疾風斬り」がハンスさんとナターリエさんのコンビネーションなら、僕らにもコンビネーションがある。
僕が槍の柄を使って、敵の態勢を崩したところをカール君とヨハン君が敵の急所、喉や心臓を突きさしていく。
うん。敵は確かに強い。だが、かつてカール君とヨハン君、カトリナにパウラ、そして、デリアとノルデイッヒを往復した時ほどの脅威は感じない。
これなら行ける。多少手間と時間はかかるかもしれないけど、大きな損害なくこの戦闘も勝てそうだ。そう僕が思った次の瞬間……
ズドッ ズドッ ズドッ
僕たち三人の足元に次々矢が刺さる。油断した。危ないところだった。
ふと見ると、敵の後方に射手が何人もいる。くそっ、そんなものまでいたのか。これは気を付けねばと思った次の瞬間
ゴオオオオオ
敵の射手が火に覆い尽くされた。これは「超・火炎」。カトリナの得意な魔法だ。これが出たということは次はあれが来るぞ。
敵の射手は火の中で右往左往。デリアが「混乱」を使ったのだ。後ろを見るとデリアがサムズアップ。うんこれで、後方からの矢の狙撃の心配は要らない。前方の敵に専念でき……
「馬鹿野郎っ! 見境なく野盗を殺すなと言ってるだろズドドドドドドドーン……
警備隊の鬱陶しい声は大きな雷鳴にかき消された。何だか気分がいいぞ。これはナターリエさんの上級魔法の「極・雷光」だな。これも実際に見るのは初めてだな。いい勉強もさせてもらっているよ。
◇◇◇
敵の遠距離攻撃を味方の遠距離攻撃が完全に沈黙させた。更に味方の遠距離攻撃が敵の直接攻撃要員をも攻撃している。こちらは本当に戦いやすい。
そのせいか戦況はこちら側の優勢が明らかになってきた。敵の中には武器を捨てて逃走する者も出て来た。潰走するまで時間の問題だろう。
「何やってんだっ! おまえらっ! 敵を逃がしてどうするんだっ! 捕虜にしろっ! こっちでお宝のありかを尋問するからなっ!」
ああっ、もうっ、鬱陶しいな。ナターリエさん、もう一発「極・雷光」出して、あの警備隊の声消してよ。
僕の心の声が届いたのか、ナターリエさんはミスリル製の杖を振り上げた。
「おいっ、おまえっ」
自らに対する警備隊からの直接のご指名にナターリエさんは静かにミスリル製の杖を下げた。魔法は発動していない。
「何でしょう?」
「おまえ、相当力量のありそうな魔法使いだな。『麻痺』も使えるな?」
「はあ、使えますが」
「なら、敵方の兵に『麻痺』をかけろ。動けなくして捕虜にする」
せこ
僕は思った。そして、ナターリエさんは思い切りミスリル製の杖を振り上げた。
「わーっ、待てっ! 待てっ!」
「何でしょう?」
ナターリエさんはまたも静かにミスリル製の杖を下げた。魔法は発動していない。
「おまえ、今、『極・麻痺』かけようとしてなかったか? それじゃ心臓まで麻痺して、相手死ぬだろうがっ!」
その時のナターリエさんは警備隊に見えないように「ちいっ、ばれたか」という顔をした。
そして、軽くミスリル製の杖を振ると、たちどころに十人の敵が崩れて、立ち上がれなくなった。
「よーしっ、立てなくなった奴らは警備隊が捕縛する。ギルドメンバーはその先にいる敵を殺れ。一人も逃すな」
勝手なもんだ。敵を倒せば経験値が増えるからやるけど、一人も逃すなってのは無理だよ。ある程度やっつければ組織的な抵抗は出来なくなるから。
そこから先はほぼ掃討戦だった。
それでも果敢に立ち向かって来る敵もいたから、僕たち戦士の仕事が全くなくなったわけではない。
でも、ほとんどの敵は散り散りばらばらに逃走していくから、それを倒すのは魔法使いの仕事になる。