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 シモーネさんは特別にギルドの受付窓口を一時的に閉めて、僕たちを町の城門まで見送ってくれた。


「くどくて悪いけど、危険なことには変わりない。何かあったら、まず『逃走』を試みるんだよ」


 シモーネさんのその言葉に僕たちは頷いた。


 城門を出れば、そこは樹木の点在する草原だ。後は運任せ。野盗に出会わずにノルデイッヒに行けることを祈るだけだ。


 ◇◇◇


 僕の運はやはり良くなかった。


 考えてみれば両親を野盗に殺されて孤児になった身だ。運がいい訳がない。


 その野盗は下卑た笑いを浮かべなから近づいてきた。


「逃走!」

 駄目だ。僕の真後ろのデリアは足がすくんでしまっている。


「大人を舐めちゃいけないな。後ろの娘。わざと汚い恰好させているようだが、いいとこの上玉だな。こっちは匂いで分かるんだよ」


「くっそうっ!」

 僕は野盗の心臓を狙い、(スピア)を突き出した。


 ちゃんと狙いを定めて……と自分に言い聞かせたんだけど、やはり、最後は目をつぶってしまった。


 (スピア)は野盗の左肩に刺さった。


 ◇◇◇


「このクソガキーッ!」

 素早く(スピア)を抜いたので、(スピア)を奪われることはなかったが、野盗は激昂した。

「大人しく娘を渡せば、命だけは許してやるつもりだったが、もう許さん。ぶっ殺してやるっ!」


 野盗は右手にナイフを構えると、出血している左腕をだらりと下げたまま、僕に襲い掛かって来た。


 もちろん、僕は次々に(スピア)を突き出したが、焦りもあり、突き刺さらない。


(スピア)は確かに初心者用の武器としては有効だ。だが、接近戦には弱いんだよっ!」

 野盗のナイフの一撃は僕の左脇腹をえぐった。


 だが、その際に僕が夢中になって突き出した(スピア)の柄が野盗の首の左側を直撃した。


「ぐおっ」


 よろめいた野盗の腹部を僕は必死になって何回も突いた。そのうち、一つが動脈を切ったらしい。

 

 野盗は噴水のように血を吹き出し、倒れた。


 僕はその場に立ちすくんだ。


 後ろから「キャーッ」という悲鳴が聞こえてきた。


 デリアはようやく事態を飲み込んだらしい。


「クルト君。お腹から血が……」

 デリアは僕の左脇腹を指差した。


「大丈夫だよ」

 僕はデリアを制してから、呪文を唱えた。


治癒(キュア)


 やはり一回では止血はしても完治はしないか。


治癒(キュア)」「治癒(キュア)


  うん。これで完治した。


 僕は倒した野盗の懐をあさり、銅貨二十枚を手に入れた。


 僕は呆然として見ているデリアに声をかけた。

「デリア。これが現実だ。怖くなったかい? ここならまだロスハイムからそんなに遠くない。引き返すこともできるよ」


 デリアはしばらく固まっていたが、やがて、(かぶり)を振った。

「引き返さない。私はノルデイッヒに行きます」


「そうか。じゃあ、時間がもったいない。行くよっ」


 ◇◇◇


 ノルデイッヒまでは僕の足で二日の行程だ。当然、夜をはさむ。


 そして、夜は危険だ。火を焚けば街道沿いにいるようなモンスターは人間を恐れて近づいて来ない。だが、野盗からしてみるとそこに標的がいるという目印になるのである。


 もっとも野盗だって馬鹿じゃない。考えなしにパーティーを襲撃すれば、逆に命を失う。


 僕は考えに考えた末、火は盛大に焚くことにした。


 野盗なんか恐れていないぞとアピールしたのである。


 それは功を奏したようで、野盗の影は見えなかった。足元ではデリアが熟睡している。


 よほど疲れたのであろう。ノルデイッヒまでは()()()()二日の行程だ。

当然、デリアにしてみれば、強行軍もいいところである。


 本来、夜の見張りは交代でするものだ。デリアもそれを言ったが、僕は休ませた。


 最悪、僕は「治癒(キュア)」で体力回復できる。デリアの体力減少や不慣れな見張り番の方が不安だった。


 デリアは安心しきった顔で寝ている。

「全く……可愛いもんだ」

 僕は自分の口から「可愛い」という単語が飛び出したことに少し当惑した。


 ◇◇◇


 翌朝、僕たちは日の出と共に出発した。


 デリアは僕が寝ていないことをしきりに気にしていたが、僕は「大丈夫」と繰り返した。


 僕の目指すのは「僧侶戦士」。戦えて、自分の負傷、体力低下、状態異常を何とかできるそんな戦士だ。


 それをデリアに話すと、デリアは不思議そうな顔をして、こう尋ねて来た。

「その『僧侶戦士』って人、他にもいるんですか?」


 僕は少し逡巡したこう答えた。

「いない。僕が初めてなるんだ」


 デリアはしばらく絶句していたが、やがて大笑いし始めた。


 唖然とする僕を尻目にデリアは続けた。

「凄いです。クルト君ならきっとなれます。私も応援します」


 僕は褒められたような、からかわれたような、何だか不思議な気持ちだった。


 ◇◇◇


 太陽は僕たちの真上にある。時刻は正午頃か。


「いるっ!」

 僕は気が付いた。さっきから僕たちの後をつけている奴がいる。


 僕はデリアの顔をまじまじと見つめると、小さい声で言った。

「つけられている。何とか振り切りたい。走れる?」


 デリアは黙って頷いた。よしっ! 「逃走」だっ!


 僕はデリアの手を取り、走った。


 デリアも必死でついてきてくれた。繋いだ手のひらはじっとりと汗ばんだ。


 振り切った! 一瞬、僕はそう思った。


 だが、次の瞬間……


 

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