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デリアのおばあさんの寝室の入り口は、やはり傭兵のような人間が守っていた。デリアが一言告げると、無言のまま、不機嫌そうに寝室のベッドを指差した。
どうなっているんだ。僕が以前この館でお世話になった時、ここにいた使用人の人たちは不愛想ではあったが、こんなに対応は酷くなかった。
「デリアかい?」
僕たちが部屋に入るなり、おばあさんの声がした。
入り口を守っていた傭兵はビクリとすると、部屋の中に向かって、剣を構えた。本当にどうなっているのだ? この緊張感は異常だ。
「おばあちゃん」
デリアはベッドに向かって走り、おばあさんに飛び付いた。僕はゆっくり歩いて、近づいて行った。
! 目が開いていない。もう目が見えないというのは本当だったのか。しかも、起き上がれないようだ。
「ふふふ。デリア。久しぶり。会いたかったよ。随分、立派になったね」
「? おばあちゃん? 本当は見えてるの?」
「いや、もうこの目は何も映してくれない。耳だってかなり弱くなっている。でもね、その代わり他の感覚が鋭くなっているみたいだ。気配で分かる。おや?」
「?」
「そこにいる男の子。前にデリアと一緒にこの館に来た子だね。うん。しっかりしたいい子みたいだね」
! そんなことまで分かるの?
デリアも同じ気持ちだったようだ。
「おばあちゃんっ! そんなことまで分かるのっ? クルト君だよ。私の大切な人なの」
「ふふふ。分かるさ。二人ともまだ若くて未熟なところがあるようだけど、真っ直ぐに前を向いて生きているようだね。ふふふ。安心したよ」
「おばあちゃん」
デリアはその場で泣き崩れた。
◇◇◇
「デリア。正直、お前のことはあまり心配していないんだよ。いいパートナーも手に入れたみたいだしね。ふふふ。昔のわたしと先に死んじまった旦那のことを思い出したよ。今のまま、頑張るんだよ」
「おばあちゃん」
「むしろ、お前の父である息子とその嫁、二人の男孫の方がよっぽど心配なのさ。デリア、こんなこと頼めた義理ではないことは分かっているんだけど……」
「何? おばあちゃん?」
「ファーレンハイト商会に何かあったら、助けてやってくれないか。もちろん、無理のない範囲でいいんだけど……」
「分かった。そうなった時、私にどこまで出来るか分からないけど、出来るだけのことはするよ」
「ありがとう。私も少し疲れたみたいだ。眠りたい。デリア。元気でね」
「うん。おばあちゃんも……」
◇◇◇
僕たちは傭兵に一礼すると寝室を出た。傭兵は冷たい目で僕たちを一瞥しただけだった。
そして、館を出る前にエトムントとエルンストの兄弟に挨拶をした。
エルンストは凄い目で僕を睨みつけて来ているし、エトムントは座って、書類に目を通したまま、こちらの方を見ようともせず、話した。
「ふん。終わったか。どうやらばばあに遺産をよこせとは言わなかったようだな。釘を刺しておいてよかったわ。ばばあがデリアにファーレンハイト商会に何かあったら、助けろと言ったみたいだが、あいにくファーレンハイト商会はギルドはあてにはしていない。見てのとおり優秀な傭兵と安く契約しているからな」
こっちの会話筒抜けかよ。まあ、こんなもんだろうとは思ってたけど……
デリアは淡々と返す。
「私もファーレンハイト家とは縁を切った身。私が助けなければならないようなことが起こらないことを祈っています」
「ふん。俺からするとわざわざ『武術』や『魔法』を身につけたり、ギルドに頼んで守ってもらうなど、時間とカネの無駄でしかない。商人はそんなことしてないで、安く傭兵と契約して、護衛を任せて、自分は商売に専念してればいいんだ」
あ…… 僕はグスタフさんの言葉を思い出していた。
「ギュンターさんは自分で凄く稼ぐ力があった。だけど、身を守ることは、最後まで護衛任せだった。そして、それが命取りになった」
第三章 ENDE




