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クルト君は私の大声にビクッとすると、絶句した。だけど、私は構わず続けた。
「クルト君が私を守りたいと言ってくれるのは嬉しい。だけど、私はただ守られてるのは嫌だ。私もクルト君と一緒に戦いたいっ! そのために『武術』と『魔法』を磨きたいっ! 私だってっ! 私だってっ!」
「……」
「私だって、クルト君を守りたいんですっ!」
「……」
クルト君はしばらく黙考していたが、やがて、重い口を開いた。
「分かった…… 一緒にクエストを受けよう……」
◇◇◇
私は目の前がパッと明るくなったような気がした。だが、まだ、これは伝えたいことの半分。本当の勝負はこれからだ。
「クルト君っ!」
私はクルト君の顔に自分の顔を近づけた。
「デッ、デリア。近いよ。今度は、な、なに?」
「私はクルト君のことが好きです。クルト君は私のことどう思ってますか?」
次の瞬間のクルト君の顔を私は忘れないだろう。
「デッ、デリアが、僕のことを……好き?」
そう言ったきり、固まって動かなくなってしまったので。口も開いたままである。
◇◇◇
「あ、あの、クルト君?」
私は固まってしまったクルト君の目の前で盛んに右手を振ったがピクリとも反応しなかった。目と口はしっかり開いていて、呼吸もしている。死んでしまったわけではない。
「……やれやれ」
大きなため息をつくと、クラーラさんが厨房から出てきた。
「シモーネ以外では初めてだよ。クルト君のトリップは……」
クラーラさんは右腕を大きく振ると、右手の平で思い切りクルト君の背中を叩いた。
「おーい、クルト君。帰っておいで」
バンッという音の後に、クルト君はピクリと反応したが、すぐに元に戻ってしまった。
「あらら、私の力じゃダメか。元はグスタフの仕事だったからねえ。デリアちゃんやってみて。私より力あるだろ」
クラーラさんの言葉に私もやってみる。
「クルト君っ! 帰ってきてくださーい」
パシッ クルト君はピクリともしない。
「デリアちゃん。そんなんじゃダメだよ。全力で思い切りぶったたくんだ。大丈夫。壊れやしないよ。これでもレベル16の『僧侶戦士』様だよ。
私は頷くと、思い切り右手を振る。
「クルトくーんっ! 帰ってきてくださーーーいっ!」
バシイッ 強い音とともに、クルト君は我に返る。そして、私の方を向くと……
◇◇◇
「うっ、うわあああああーっ」
な、なに、その反応? 失礼な……
「デッ、デリアッ。僕は……えーと……僕は……」
バッシャーン
次の瞬間、クラーラさんはクルト君の頭から桶の水をかけた。
「……これで落ち着いたかい? クルト君?」
「……はあ」
「まあ、今日のところは仕方ない。だけど、三日のうちにデリアちゃんに返事しな。ちゃんとケリをつけるんだよ」
「はっ、はい……」
◇◇◇エピローグ◇◇◇
「はああああああ」
カトリナはまた大きなため息をついた。これで何回目だろう? さすがに家主のナターリエも見咎めた。
「全く…… そんな何回もため息つくくらいなら、クルト君を譲らなけりゃ良かったのに……」
「私はナターリエさんとは立場が違うの!」
カトリナはナターリエの方に振り向きながら返す。
「そんな自由人じゃないんですからね。こう見えても未来の村長様なんですからね」
「いや……」
ナターリエも続ける。
「カトリナが今の村長に言われたままじゃなく、自分の意志で次の村長になって、カロッテ村を良くしたいと考えているのは知ってるよ。でもさ……」
「……」
「それがクルト君をとっ捕まえてはいけない理由にはなんないだろ。クルト君は孤児だ。カロッテ村に連れ帰って、婿にしちまえばいいんだよ」
「……」
「ゼップさんやクラーラさんがクルト君をハンスの次のギルドのとりまとめ役にしようとしていることなら気にしなくていい。そんなもん私がいくらでも話をつけてやる」
「ナターリエさんには分かんないよっ!」
カトリナは大声を出すと立ち上がった。
◇◇◇
「!」
その剣幕にさすがのナターリエもたじろいだ。
「クルト君と二人でクエストに行ってた時、私がただ受け身だったと思う? いろいろな角度から話してみたよ。そしたらさ……」
「……」
「クルト君は『武術』や『魔法』の話なら、こっちの話したことを全部真剣に考えて、答えてくれるんだ。それはとても良かった。でも……」
「……」
「話がこれからのこと、将来のこととかになると途端に歯切れが悪くなる。ましてや……」
「……」
「男女の恋愛話とかになると、ろくに返事も帰ってこない。でもそれも悪くない。唐変木だってことは分かってたことなんだから……」
「……(悪くないんだ)」
「だけどっ だけどねっ!」
「!」
「話がデリアちゃんのことになると、食いついてくるんだよっ! クルト君はっ!」
「……(こいつあキツイわ。既に心はデリアちゃんに獲られていた訳か)」
◇◇◇
ナターリエはゆっくりと立ち上がった。
「カトリナ。あんた、今、何歳だっけ?」
「十三」
「若い。若い。まだ、ゲームは始まったばかりだ。いろんな武器を磨きな。『武術』でも『魔法』でも『会計事務』でも、そして……」
ナターリエは右手の親指と人差し指でカトリナの顎を挟んだ。
「『色気』でもね」
「……」
「まあ、世の中、男はごまんといるさね。武器を磨けば、もっといい男が捕まるよ。きっと」
「ふふふ。じゃあ、ハンスさんを狙ってもいい?」
「うむ。そん時は一人の人間として勝負を受けよう。可愛い姪だから特別に教えといてやる。私の初手は『極・火炎』だ」
「ははは。そんなの使ったら、ギルドの建物ごと燃え尽きるよ」
この後、二人で大笑いした。
◇◇◇
ヒュンッ
小さな矢が風を切る音がした。
デリアは緊張した面持ちで素早く回避する。
コボルドだ。
距離を保ったまま小さな矢で攻撃してくるつもりだ。
となると、槍を主武器とし、直接戦闘に特化しているクルトに主導権は取りにくい。
ならば……
デリアはイメージした。
(全身のエネルギーが右腕に……右腕に……温かいか? 右腕は温かいか? もうちょっと……もうちょっと…… よし、温かい。その温かさを右手に……右手に…… そして、それが……杖へ……杖へ……流し込むっ! 最後は……一気に押し出すっ!)
「火炎」
その魔法攻撃に背の高い草むらに潜伏していたコボルドたちはたまらず飛び出す。
(私はクルト君が好きだ。だから、全力でクルト君を守る)
デリアは次の「魔法」のイメージに入る。
一方、クルトは飛び出したコボルドたちに向かって、槍を持って、突撃を開始する。
「僕はデリアが好きだ。だから、ケガはさせたくないんだっ!」
と叫びながら……
第二章 ENDE