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聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します  作者: 陽炎氷柱
第二章

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29.回復、そして混乱

 それは、疑問形でありながら確信めいた声色だった。



(みんな、なんとなく察していたのね)



 あれだけ噂になっている流行り病である。きっとみんな口には出していないが、心の中ではずっとその可能性を考えていたはずだ。

 若い人たちが早朝から薬局の前に並んでいたのも、しきりに体調のことを話し合っていたのもそのせいだろう。



「……はい、おそらくは」

「はあー、とうとうこの村にも黒い死が来たのかいな。噂にゃかかって一週間もすれば死ぬってことだけど、あたしは運が良かったんだねえ」



 ノラはまだ現実感がないようで、シミがあったところをじっと見つめていた。



「そんなこと言わないでください!他の皆さんも私が治しますので、きっと大丈夫ですよ」

「なんだい、その丸薬をあたしたちに使ってくれるのかい?黒い死を治せるもんなんて聞いたこともないし、王都に持ってったらえらい大儲けじゃ。あたしたちみたいな貧乏人相手にぁもったいないよ」

「一度に作れるポーションにも限りはあるから、町の薬師は金持ちしか見ないんだよね」



 なんとなしにミハイルが言った言葉に思考が止まる。

 まるでそうすることが当たり前とでもいうようなノラに、ああ、そう言う扱いに慣れてしまったんだなと少し悲しくなった。そりゃ私だって下心ありきだけど、夢野のように誰かを犠牲にする人にはなりたくない。



「私、医術は平等に与えられるべきだと思っているので!今後、もったいないとか言わないでください!」



 ノラが小さく息をのんで、私を凝視する。なんとなく背後に視線を感じるので、おそらくミハイルもじっとこちらを見ていると思う。するととたんになんだが恥ずかしくなってきたので、逃げるように待合室に出た。


 勢いよく飛び出して来た私を驚いたように見つめている村人たちだが、心なしかみんな顔色が悪い。中には寒そうに震えている人もいて、急いで気持ちを切り替える。



「皆さんの不調の原因が分かりました。お辛いでしょうから、まずはこの丸薬をのんでください。ノラさんもこれで治ったので、効き目は保証します」

「ってことは、オレたちはみんな同じ病気なのか?」

「何でもいいだろ。頭が痛くて話どころじゃねえぜ」

「そうね。正直座ってるのも辛いわ」



 比較的に若い女性が怪訝そうにしていたが、かなり早い段階で体調を崩していた村人たちはためらいなく丸薬を口にした。彼らの腕にはかなり黒ずんだシミがあったのだが、あの広がり方を見るにあと数日も持たなかっただろう。本当にぎりぎりだった。



『黒いシミが薄くなってる。顔色もだいぶまともになって来たな』

「うん、どれもちゃんと効いてるみたいだね。均等に魔法を込められた証拠だよ」



 鑑定を発動させて、赤いマーカーが小さくなっていくことを確認する。やはり魔法と比べたらずっと回復が遅いが、質はあんまり変わっていなさそうだ。



「……!すげえ、頭がすっきりしたぞ!」

「ああ!さっきまであんなにだるかったのが噓みてえだ」

「丸薬ってこんなによく効くのね!なんだかぽかぽかするし、みんながポーションよりいいって言う気持ちが分かったわ」



 特に体調が悪かった三人が元気になったことで、ためらっていた村人たちも次々と丸薬をのんでいく。

 鑑定で全員回復したことを確認して、私はできるだけ分かりやすいように彼らに事情を説明した。だけど案の定、村人はざわざわと混乱しだした。



「そんな!黒い死ってかかったら十日も生きれないって話じゃない!」

「とうとうこの村にも来やがったか……原因が分からないから、他じゃ村の家畜を全部殺したらしいじゃねえか!」

「はあ!?あそこは結局全滅してただろ!騎士が村ごと焼いてたぞ!」

「あの黒ずんだシミみたいなの、やっぱり流行り病の症状だったのね!!どうしよう……どこかにぶつけたんだと思って普通に生活していたわよ!」



 ペストはその別名通り、患者の皮膚が内出血によって黒くなっていく。種類によってはリンパ節が膨れ上がるので、亡くなる頃には酷い姿になっていることが多い。

 そういう伝え聞いた話が、より村人を怯えさせている。



「うーん、大混乱だねえ。冷静に考えられなくなってる」

『コハクの言う通りだったな。どうする?俺が吠えてやろうか』

「それはやめてね。……はあ、自分たちが治ったってことに気づいてないみたい」



 魔法で村人の気分を落ち着かせようとしたその時、診察室から出てきたノラはその見た目から想像もできないようなドスがきいた声を出した。



「おんめえら、少しは落ち着いたらどうだい!まったく、いい年した大人が集まって確証もねえ噂に振り回されるんじゃないよ」

「の、ノラさん!ですが、このままだと私たちの村も、」

「自分が治ったことを忘れたんかい!そんな事にも気づいておらんなら、村のことなんざ考えるな。ろくなことにならんのは目に見えちょる」

『……なかなか骨のある老人だな』



 ノラさんはどうやらこの村でかなり人望があるようで、村人たちは気まずそうに目をそらした。

 特に症状が重かった三人はハッとしたように丸薬を見ると、何か気づいたように私を見る。



「ポーションは効かなかったのに、コハクさまの丸薬は効いた」

「それに、私たちが黒い死だというのもコハクさまが気づいたことだわ」

「あの、コハクさま!もしかして、コハクさまには黒い死を治す手立てがあるのですか……?」



 縋るような言葉に、私に視線が集まるのを感じた。


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