3 NPBの問題点
十一月下旬、日中の最高気温が6℃だった日の放課後。久し振りにゲストを迎えて競技ディベートを行うので、やたら寒く感じる特別棟の三階にある弁論部の部室に直行した。
いつものように一年生の雫ちゃんが先に来て準備をしてくれたので、僕と理人くんは所定の席に腰を下ろすだけだった。
前回は三対三の対面式で机を並べていたが、今回は反対派と賛成派が四対二で分かれる変則マッチということで、机もその通りに並べられていた。
「佐藤くんは賛成派だから、そこの「ゲスト」ってプレートが置いてある席に座るといいよ」
今回は同級生で野球部員でもある佐藤くんがゲストだった。クラスは違うけど、小学生の頃に一緒に遊んでいたこともあり、部長の相談を受けて、僕からゲスト参加をお願いしてあった。
「失礼します」
この場に上級生の先輩二人はいないけど、礼儀正しくて真面目なところが佐藤くんの特徴だ。高校球児なので丸刈りなのだが、冬を迎える北海道では寒そうなので可哀想に見えた。
僕の隣に座っている理人くんは既に紹介が済んでいるので、彼の隣に座っている雫ちゃんを紹介した。
「はじめまして、日下です」
「はじめまして、佐藤です」
雫ちゃんは控え目で、佐藤くんは硬派ということもあり、会話が生まれないことは予想できたので、ここは僕が積極的に会話を広げなければならなかった。
「佐藤くんとは小学校の四年生くらいまで毎日のように遊んでいたけど、野球を始めてからはほとんど遊ばなくなったんだ。でも、それ以降も学校の廊下ですれ違う時は挨拶もするし、立ち止まって会話をすることもある。疎遠にはなったけど、すごく大事な友達なんだ」
佐藤くんが懐かしそうに振り返る。
「そうそう、裏の公園で一緒に野球をやって、それが楽しくて本格的に始めようって思ったんだ。あのとき一緒に遊ぶ仲間がいなかったら今の自分はなかったと思う」
あのころ一緒に遊んでいた空き地は、もうない。
「兎野くんも誘ったけど、断られたんだよな」
「いや、どう考えてもセンスがないから」
本当は、僕にはトラウマがあった。ピッチャーをやった時に友達の頭にボールをぶつけたことがあって、それが今でも思い出してはイヤな気持ちになる。
コントロールが悪いだけなのに、避けなかった友達を逆恨みすることもあって、そういった向上心に繋げられないメンタルも含めて自分はスポーツに向かないと思った。
「でも、野球は嫌いじゃないんだよね?」
「嫌いじゃないけど、野球好きの人を見ると、自分はそこまでじゃないかなって思う」
「まぁ、そうだよな」
野球人口の減少や「昔は人気がすごかった」という言葉が、野球人を不安にさせてしまうのだろう。
「二人は大丈夫?」
佐藤くんの問い掛けに理人くんが答える。
「ボクは好きです。大谷選手を応援してるので」
この日のディベートのテーマが、その大谷選手についてだった。
「わたしも大丈夫です。この日のためにちゃんと調べてきたので」
「試合は観たことある?」
「はい、うちのお父さんが好きなので」
「あっ、お父さんがね」
北海道にはダルビッシュ選手や大谷選手が在籍していた日本ハムファイターズがあるので他の地域よりも野球人気が高いはずだ。
日本シリーズの視聴率が2006年は52.5%で、2016年は50.8%を記録している。瞬間最高視聴率に至っては驚異の66.5%だ。
「兎野くんも試合は観るんだよね?」
「観るけど……」
「観るけど?」
ここは正直に伝えた方がいいだろう。
「野球って、試合時間が長いよね」
「一応は努力してるんだけどな、今年は延長戦がなかったし」
佐藤くんが悪いわけではない、だけど……
「高校野球と比べてプロの試合は長すぎるよ。同じ競技として考えられないんだ。メジャーでも短縮ルールを新設しているけど、それよりも素直に日本の高校球児を見習った方がいいと思う」
佐藤くんに言っても仕方がないけど、他にも言いたいことがある。
「それと今回のディベートを機に改めて調べて思ったんだけど、日本のプレーオフのシステムはどう考えてもおかしいよ。十二球団のうち半分に優勝のチャンスがあるって、これでプロ野球ファンは納得しているの?」
佐藤くんにとっては聞き飽きた議論のようで、苦笑いを浮かべた。
「クライマックスシリーズは2004年からだから、もう定着しちゃったからな」
佐藤くんも勉強してきたようである。それならば話が早い。
「僕は変えた方がいいと思うんだ。どうしたらいいかというと、現状の2リーグ12チーム制から、3リーグ18チーム制にするんだよ。そうすれば今よりも確実にプレーオフが面白くなるんだから」
具体的に説明しよう。
「3リーグに分かれた6チームがそれぞれ優勝を競って、それから各リーグの2位チームでワイルドカードを競わせるんだ。最終的に4チームでプレーオフを戦った方が本物の日本一と呼ぶに相応しいからね」
佐藤くんが考える。
「う~ん、優勝した3チームはいいとして、3つの2位チームから1つのワイルドカードを決めるのが難しくないか?」
そこは色んな方法がある。
「2位の3チームの勝率で順位を決めて、先に2位と3位で戦わせて、勝った方に1位への挑戦権を与えるんだ。最大でも2試合だから大きなハンデにはならない。その2試合がワイルドカードのハンデだと考えれば納得がいくしね」
佐藤くんが得心する。
「つまりメジャーリーグみたいにするわけだ。アメリカは2リーグ3地区30チーム制だから、リーグ優勝決定シリーズをそのまま真似すればいいんだな」
それが最も合理化された方式だ。
「問題は……」
そこで佐藤くんが口を噤んでしまった。批判するのが憚られるようなので、僕が代わりに口にする。
「問題は日本プロ野球機構が球団数を増やしたがらないことだね。その理由はやっぱりお金なんだと思う。決算報告書を調べてみたんだけど、全ての球団が黒字というわけではないから、赤字球団が増えるだけだと考えているんだろう」
でも反論がある。
「それでも僕は球団を増やすべきだと思っている。決算書の赤字額を見ると、球団を買えるほどの大企業ならば大した損失ではないからなんだ。それよりも新規参入した広告効果の方が遥かに大きいと判断するはずだ」
そこで最初の問題に戻る。
「結局は新規の参入を拒む体質がプロ野球をダメにしているんだと思うんだ。球団を増やせば職員も増えて、選手も増えて、引退した選手も野球の仕事を続けるチャンスが増える。そして何よりも新しいファンを増やす絶好の機会でもあるからね」
気が付くと、佐藤くんがドン引きしていた。
「兎野くんは俺よりもプロ野球のことを考えているかもしれない」
これは彼の誤解だ。僕は弁論部の活動として調べたことを全部口にしないと気が済まないから弁舌を奮っただけであって、現行のルールを変えたいなんて微塵も思っていない。それでも、なかなかいいプレゼンだったと自負している。
「待たせたな、諸君!」
そこへ桃原先輩が現れた。声の調子は元気だけど、スクールカーディガンを着ているので寒さは苦手のようだ。
「ごきげんよう」
真心先輩は、この日も可憐で美しかった。
「はじめまして、二年の佐藤です」
わざわざ立ち上がって挨拶するところが佐藤くんらしかった。そんな初々しい彼に馴れ馴れしく肩をパンパンと叩くのが桃原先輩だ。
「君かぁ、うさちゃんのトモだちくんは!」
「よろしくお願いします」
「おねえさんが何でも教えてあげるから任せてくれたまえ」
僕はこの人から教わったことは何一つなかった。