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1 弁論部

 僕の名前は兎野守うさのまもる。どこにでもいる普通の高校二年生。一つだけ変わっている点を挙げるなら、わずか部員五名の弁論部に所属していることだ。


 変わっているといっても、活動内容が不明の謎部活ではなく、ディベートを主とした言論活動をしている伝統ある文化部だ。


 それでもヘンな目で見られるのは、弁論部に所属している人たちが学校内で変わり者として有名な人たちばかりで構成されているからだと思う。


「ちょっと待ってて」


 校舎と離れたところに特別棟があって、そこに文化部の部室がある。美術部のアトリエや演劇部の倉庫など、全部まとめて存在している。


 そこの三階に我が弁論部のディベート・ルームがあるのだが、部室へ行く前にトイレに寄って身だしなみを整えるのが僕のルーティンだった。


 鏡ばかり見ているタイプじゃないけれど、どうしても部長と会う前は緊張して外見を気にしてしまうのである。


 伸びた前髪を横に流して額を見せる髪型にしたら、それを部長が褒めてくれて、それからずっと同じ髪型にしている。


「お待たせしました」


 女子の制服を着たクラスメイトが男子トイレの個室から出てきたけど、いつものことなので驚くことはなかった。


 彼は中村理人なかむらりとくんといって、性別は男だけど普段から女の子のファッションを好む男の子だ。


 女子の制服を着ているからといって、彼が同性愛者かどうかまでは分からない。そこまで踏み込んだ話をしたことはないからだ。


「髪型だけど、ヘンじゃない?」


 理人くんが鏡越しに尋ねてきたから、「かわいいよ」と言って褒めてあげた。実際にショートカットが似合う美少年なので本音でもあるからだ。


「よかった」


 僕にとっては普通の人でも、狭い学校社会ではまだまだ変わり者として見られているという現実がある。


 男子の制服を着て入学式に臨んだ彼が、二年生から女子の制服を着て登校できるようになったのが弁論部の部長のおかげだけど、そのことを知る者は少なかった。



「また二人でイチャイチャしてるぅ」


 トイレから廊下に出たところで三年の桃原千夏とうばるちなつ先輩に話し掛けられた。


「そんなんじゃありませんよ」

「ウソだぁ」

「ただのクラスメイトですから」

「その割に距離が近いけど」


 理人くんはいつも僕の隣にピタッとくっついて歩くのだが、確かに近すぎると僕も思っていた。


「ジャマしちゃおっと」


 そう言うと、桃原先輩は間に割って入って、僕と理人くんの腕に両手を絡めて、グイグイと引っ張るように歩き始めるのだった。


 そういった強引なところは見た目通りともいえるだろう。校内で制服をギャル風にアレンジして着こなしているのは桃原先輩くらいなものだ。


 髪色も茶色に染めていて、体育の授業がない日はメイクをする時もある。それが小麦色の肌にとてもよく似合っていた。


 世の中を見渡せば先輩のような人はたくさんいるけれど、狭い学校社会では変わり者に見られるという、理人くんと共通の問題がある。


 その問題をクリアさせたのは、やはり弁論部のおかげだった。ファッションやメイクの勉強は将来の役に立つからと学校に認めさせたらしい。


 社会に出れば当たり前のように必要になることを訳の解らない理由で阻害しないという、当たり前を合理的に判断できるのが我が英弘高校の素晴らしいところなのである。



「しずくちゃん! 久し振りっ!」


 三階のディベート・ルームに行くと、いつものように一年の日下雫くさかしずくちゃんが一番乗りしており、桃原先輩が過剰なまでのボディタッチをしながら挨拶を交わすのだった。


「元気だった?」

「あぁ、はい」


 元気がなさそうに見えるけれど、それが普段の雫ちゃんだ。メガネを掛けた大人しい女の子で、後ろで結んだヘアゴムも黒と決めている、そんな人だ。


 部長に勧誘されて入部を決めたそうだが、強引に誘われると断り切れないという、押しに弱いところがある。


「いつも、ありがとね」

「あぁ、いえ、後輩ですから」


 部活がある日は誰よりも先に来て、飲み物や資料の準備をしてくれるのが雫ちゃんだ。僕は彼女が机を正確に並べるレイアウトが心地よくて大好きだった。


 部屋の真ん中に机を三つずつ、三対三で対面式になるように並べるのだが、その距離感が近すぎず遠すぎず、本当に絶妙な位置に並べてくれるのである。


「今日は真ん中の席か」


 そう言って、桃原先輩が所定の席に座るのだった。テーブルの上には名前が書かれた会議用席札が置かれており、議題によって席順が決まっていた。


 今回は部長の横に桃原先輩と理人くんが順番に並んで、部長の正面にゲスト席があり、その隣に僕と雫ちゃんが並ぶ配置だった。


「夏休みだけど、みんな何してた?」


 四人が席に着いたところで、誰にともなく桃原先輩が尋ねるのだった。他の二人は遠慮がちな性格なので、僕が会話に応じることが多い。


「コロナで何もできませんでしたよ」

「それも、そっか。ワタシも沖縄のおばあちゃんちに行けなかったからな」


 弁論部の活動も半年以上も休部状態だったので、つらいというよりも、すっぽりと抜け落ちた空白期間を過ごしていた感じだ。


「雫ちゃんはどうだった?」

「わたしはお家で本を読んでいたので……、いつもと特に変わりませんでした」

「ははっ、雫ちゃんらしいね」


 世の中にはそういう人もいる。


「理人くんは?」

「ボクはオリンピックばっかり見てました」

「良かったよね!」

「感動しました」


 僕はスポーツ観戦が苦手だから開会式しか観なかったけど、メダル獲得数が過去最高を記録したということで、好きな人たちにとっては大満足だったようである。


「ねぇねぇ、理人くんは誰が良かった?」

「スケートボードの人がカッコよかったです」

「一緒だっ!」


 そこから女子トークが始まったので話に入ることができなかった。純粋に競技として楽しんだのか疑問だけど、楽しみ方は人それぞれということなのだろう。


 それでも女子選手にも同じように「カッコいい」という同じ言葉を使って盛り上がっていたので、二人とも本当にスポーツが大好きなのだと思う。



「まこちん!」


 それからしばらくして左京寺真心さきょうじまこ先輩がゲストを伴って部室に現れたけど、冷たい印象を持つ部長を愛称で呼ぶ人は校内で桃原先輩しかいない。


 黒髪ロングの真心先輩は僕よりも少しだけ背が低いのに、なぜか見上げるほど大きく感じられる、そんな不思議なオーラを感じさせる人だ。


「お久し振りね」


 古風な言葉遣いをするのも真心先輩の特徴の一つだ。


「教室で毎日会ってるじゃん!」

「あなたに言ったわけじゃないの」


 二人の先輩は特別進学クラスのクラスメイトだ。


「ご無沙汰しております」


 雫ちゃんが立ち上がって古風な言葉遣いで挨拶をしたので、僕と理人くんも同じように挨拶を返した。


「紹介する、彼はテニス部で部長をしていた上条君。今日は私たちに協力してもらうためにお越し頂いたの」


 ディベートでは賛成派と反対派で意見をぶつけ合うのだが、弁論部は部員が五名しかいないため、偏らないように毎回ゲストを呼ぶことになっている。


「初めまして、上条です。喋るのは苦手だけど、意義深いテーマだと思ったので参加することにしました。よろしくお願いします」


 人見知りとは無縁な桃原先輩が人懐っこい笑顔を向ける。


「だいじょうぶ、ウチの後輩ちゃんたちも喋るのが得意っていうわけじゃないから。雫ちゃんは人前で喋るのが苦手で、それを克服するために入部したくらいなんだから、ねっ?」


 それに対して、「あっ、はい」と俯きがちに答えるのだった。


「それでは早速だけど始めましょうか」


 真心先輩がゲストに席を案内したところで弁論部が再始動した。

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