「一生、カレーライスは食べません」
海の怪談
ただ。暗い海だった
このボートで
流されて、もう何日経ったっけ?
僕が夏美と、トレジャーボートで冲に出て
エンジントラブルで遭難してからの日数は
朦朧とした、頭では考えられなかった
目もほとんど、開けられない。
夏美は、返事がない
そんな彼女を気遣う、余裕もないくらい
僕は衰弱していた
そして、空腹と喉の渇きは
限界まできていた。
思い出したのは
19世紀におきた、ミニョネット号事件
四人が遭難して
一人が死に、残った3人が
その死体を食べて、生き延びた
実際の事件だ。
最悪、俺は夏美を食べることになるのだろうか?
そんな、事ばかりが頭をよぎっていた
「圭佑?生きてる?」
夏美は、か細い声で訪ねてくる
「ああ、夏美
かろうじて、生きているよ
もう少しの辛抱だよ
きっと海上保安庁が、
僕らを見つけてくれるさ」
僕は、優しく答えたつもりだった。
「圭佑、あなた私を殺して
食べる気でしょう?」
夏美は、おかしくなったのか?
俺が今考えた事を見透かしたような
言葉を言ってくる
「夏美?大丈夫か・・・
そんな事あるわけないだろう」
「圭佑、ミニョネット号事件って
助かった3人は国に帰って、どうなったの?」
頭の中が、真っ白になった
ミニョネット号事件について
夏美と、話したことはない?
そもそも、怪奇サイトのライターやってる
僕が、興味のある情報は
パティシエの夏美が
知ってるとも思えない。
「なに、言ってるんだよ夏美
ミニョネット号事件、知ってたんだな
こんな状況で、ちょっとアレだよ」
言葉を濁したが、動揺は隠せない
語尾がうわずってしまった。
似たような事件で、日本にも
遭難して船長が、船員を、食べた
ヒカリゴケ事件もあったな
そう考えた。
「圭佑、ヒカリゴケ事件は
船長は助かったの?」
殴られたような、衝撃だった
夏美は、どうゆうわけか?
僕の考えが、読めるようだ。
「え?夏美・・・」
接し方がわからない・・・
言葉が出てこない。
考えを、読まれている
それも、悪い考えを。
考えるな、読まれると思うと
逆に、夏美を殺し食べている
イメージがどんどん頭の中で膨らんでいく。
暗闇の中、夏美の啜り泣きが
波の音の合間に聞こえてくる。
「ごめん、圭佑」
ああ・・・神様
僕は、夏美を傷つけてしまった・・・
どんな罰も受けます
お許しください。許してくれたら
一生、大好きなカレーライスは
食べません。
その時、スポットライトが二人を照らし
スピーカー音が、
「こちらは、海上保安庁です、行方不明になっていた
方ですね、今そちらに近づきますから」
神様の、お願いがいきなり叶った
圭佑は、歓喜して
「一生、カレー・・・」
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「こちら、海上保安庁乗り込みますね」
スピーカー放送して
トレジャーボートに、巡視船を
横付けして隊員が、乗り込んで来る。
ライトで船内を、隊員が確認して
叫ぶ、
「生存者、1名確保しました
女性、口から吐血
至急救護ヘリをお願いします」
「男性は、死亡ー 遺体は損壊」
もう一人の隊員は、腕でバツを作りながら
「生存者、吐血ではなく右手に
死亡者の脳を握りしめています」
二人の隊員は、夏美を観察してこう言った
「彼女が、食べて飢えを凌いでいたようですね」
その時、夏美は目を見開いて
暗い夜空の方に向かって
声をあげた
「一生、カレーライスは食べません」
終わり