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最終候補者 ニートな勇者


行政官「剣聖殿…その右腕が見当たりませんが……どうされたのですか?」


剣聖「ん?ああ、これか」


剣聖「俺は、かつて魔王軍の主要幹部達を悉く暗殺した男の片割れだからな。命ぐらい狙われるさ」


行政官「炎魔将軍の襲撃以来、王都の警護は厳重になっていたのに。まさか再び侵入を許すとは……」


剣聖「いや、衛兵たちに罪はない。俺が時間を見つけては王都を離れていたことに原因はある」


行政官「何をされていたのですか!命を狙われているとわかっているのに王都を離れるなんて!?」


剣聖「各地で戦い続けてる冒険者たちにな、俺の知る限りの魔王軍幹部の情報を渡そうと思ってな」


剣聖「それで出先で襲われた。しかしやってみるもんだな」


剣聖「たまたま冒険者が近くにいたこともあるが。この老いた男の片腕を対価に、魔王軍四天王が一人の命を頂いたのだから」


行政官「魔王軍四天王を倒したのですか?」


剣聖「うむ。どうだ俺もなかなかのものだろう」


行政官「確かにすごいですけど……それで、大司教。その目は?」


大司教「いやさ聞いてくれ、行政官。王都を囲む結界の、範囲と強度を上げようとな。いろいろ画策しておったらな」


大司教「破壊神を崇拝する異端者共が呪いを飛ばしてきおった。おかげでこのザマよ」


行政官「両目とも見えていないのですか?」


大司教「そうじゃな、なんとか両目で食い止めた。呪いをかけられたのが儂でなかったら、命まで取られておったじゃろう」


大司教「しかし解呪のプロ集団である教会に喧嘩を売るとは、ほんに身の程知らずよ。すぐに呪詛返しで呪い返してやったわ」


行政官「お二人とも一体何をなさっているのですか……私たちの仕事の重要性を忘れたわけではないでしょうに」


剣聖「あー……その点はすまんと思うが、どうにもな」


大司教「居ても立っても居られないというやつじゃのう。儂らもお主と同様に、微力ながら力を尽くしたいと思ったのじゃ」


行政官「お二人ともご自身の年齢をお考え下さい」


剣聖「そういうお前こそ……いや、目の下に隈ができているぐらいで他には特にないな」


大司教「なんじゃ、儂らが体を張っているのに一人だけ無傷とは!友達甲斐のないやつじゃ!」


行政官「私の戦場は机の上にあるんですよ!」


行政官「……それに、私は命までかけているつもりはありませんよ。精々が、行政官という職ぐらいです」


剣聖「俺にかけれるのは、この命ぐらいの物しかない」


大司教「自身のできることをやっているだけじゃ、お主が気にすることではないぞ」


行政官「この歳でせっかく見つけた飲み仲間なんです。どうか、お体だけは」


剣聖「……む、それはすまなかった。以後は気を付けよう」


行政官「約束ですよ?だいたい、いい迷惑です」


行政官「あなた方は、名誉の負傷と思ってらっしゃるかもしれませんけどね」


行政官「この仕事に就く3人の内2人が魔王の手先によって害を受けているのにもかかわらず、一人だけ無傷」


行政官「そのうえ、その一人は背任の容疑かかけられている。とすれば、私が魔王軍に寝返っているなんて疑いをかけられたらどうするんですか」


大司教「そ、そこまでは考えておらんかったわ。すまんの」


行政官「ったく、もういいです。仕事にかかりましょうか」


行政官「今日は、第一次選考リストに残った最後の勇者候補の面接です」


行政官「お二人とも、気を緩めず確り臨んでくださいね」


大司教「うむ、いよいよこの仕事もひと段落か。少しホッとするわ」


行政官「……」


剣聖「おい、言ってる傍から気が緩んでるぞ」


大司教「おおっ、すまぬすまぬ」


行政官「確りお願いしますよ」


行政官「それでは、どうぞお入りください」


――――――


ニート「ですからあ、俺は勇者になりたくて面接に来たわけじゃないんですよ」


大司教「うん?」


行政官「では、何をしにいらっしゃったんですか?」


ニート「俺は勇者になりたくないからこそ、面接を受けに来たんす」


剣聖「全く理解できんな。こんな腑抜けた奴が、最後の勇者候補なのか……世も末だな」


ニート「あのー、お爺さんがた。俺の話聞いてもらっていいっすか?」


大司教「爺さん……?」


剣聖「行政官。勇者不適格者は切り伏せて良いというルールだったよな」


行政官「残念ですが、そのようなルールはありません。甚だ遺憾ではありますが」


剣聖「ならば、今から新ルール追加だ。よいな行政官」


大司教「儂も剣聖殿の提案に賛成じゃ。後のことは気にするな、いまじゃやれ剣聖」


行政官「まあまあ、剣聖殿。それに大司教。まずは話を聞いてみるべきではありませんか」


大司教「何を申すか。儂たちは、こんなクソガキの与太話を聞くために集められたわけではないぞ」


ニート「はい?」


剣聖「その通りだ。我々の仕事は、腑抜けの話に耳を傾けることではない」


ニート「ちょっといいですか?もしかして俺の事、舐めてませんか?」


行政官「その通り、我々は勇者を選ぶために集められたのです」


行政官「ですから、我々は我々の職務を忠実にこなさなくてはなりません」


ニート「……」


行政官「例え、勇者候補本人にその意思が無いとしても。彼が勇者たるかどうかを判断するのが私たちの仕事です」


大司教「ぐうの音もでんわ」


剣聖「よかろう、話を聞くだけだ。それが終わったら、切り伏せる」


行政官「ですから、そのようなルールはありませんって」


――――――――――――

最終候補者 ニートな勇者

――――――――――――


ニート「俺の父親は、まあご存知かもしれませんが。初代勇者です」


剣聖「!?」


大司教「ん!?」


行政官「いやいやいや、ご存じではありません。え?」


大司教「初代勇者に息子がいただと!?そんな馬鹿な!?」


ニート「まあ、世間にはあまり知られていませんがね」


剣聖「……母君は誰だ?」


ニート「さあ?俺は会ったこともありません。親父から母のことを教えてもらったこともない」


行政官「た、確かに彼の経歴にはそのように書かれていますね……」


行政官「この報告書は、王国情報部によって裏付けがとられたもの……情報部がガセネタを掴まされるとは思えません」


行政官「で、あるならば、彼は紛れもなく勇者の息子ということです」


剣聖「しかし勇者は―――」


大司教「うむ、子を為すつもりは毛頭なかったはずじゃ」


行政官「気が変わったのか、もしくは失敗したのか。今となっては、理由はわかりませんが」


大司教「俄かには信じられんな」


ニート「信じられないっすか?ならこれでどうすか、この右手の甲に浮かんだ鳥の形をした痣」


ニート「親父にも、同じものがあったでしょう?こういうの何て言うんでしたっけ……遺伝?」


大司教「確かに、奴の手にも同じ形の痣があった」


行政官「遺伝―――いや、これこそ神託の……」


ニート「いいっすか?」


剣聖「構わん、続けろ」


ニート「親父は、魔王討伐後からなのか、はたまた俺が生まれてからなのかは知りませんが有体に言えば無職でした」


ニート「国に奉仕するわけでもなく、魔王討伐後に得た領土を治めるでもなく」


ニート「日がな一日、広大な屋敷に留まり遊蕩の限りを尽くしていたんす」


大司教「残念ながら、奴は魔王討伐直後からそうであったぞ」


ニート「そっすか……。そんな親父が、ただ一つ力を入れたことが俺の教育です」


ニート「俺は幼いころから、剣技や魔法、それにあらゆる敵と戦い生き抜いていくための術を散々仕込まれてきました」


ニート「親父の指導は異常なほど厳しかった」


行政官「上流階級の子弟には、ままあることです」


ニート「ままあることだって!?あれは、親父の教育はそんな生ぬるいものでは無かった!」


ニート「幼い俺は、血豆が潰れるまで剣を握り、意識を失うまで走り込んだことだってあった!」


剣聖「……全て貴様のためだろう、それにその程度の鍛錬は普通だ」


行政官「そうなんですか?」


剣聖「そうだ」


ニート「いや、おかしいでしょ」


大司教「まあ待て。親は、子に厳しくなるものじゃ。しかし、それは愛ゆえのものじゃよ」


ニート「違う!そんなことは俺は望んでいなかった」


ニート「それに、俺は生まれてこのかた、親父の愛情なんて感じたことは無い!」


ニート「だから、親父がおっちんだ時は涙も出なかったよ」


剣聖「……勇者は孤独なまま逝ったのか」


ニート「俺にじゃなく、親父に同情するんすね。まあいいっすよ」


ニート「親父の死後は、親父の遺産。そして、領土から得られる収益で暮らしには困りませんでした」


ニート「以上です」


行政官「―――肝心なところが抜けています。君は何故、この面接を受けに来たんですか?」


ニート「わかりませんか?」


剣聖「……もったいぶるな、はっきりと言え」


ニート「俺は今、満ち足りているんですよ。過酷な幼少期を過ごしてきたんだ、これからは楽に暮らしていきたいんです」


ニート「ここに来たのは周りの目があったからです。勇者の息子が、新たな勇者として魔王討伐に乗り出す」


ニート「民衆は、そんな妄想をまき散らしています……。だが、俺は痛いのや苦しいのはごめんだ」


ニート「だから、ここには勇者落第の烙印を。俺が自堕落な暮らしに呆けるためのお墨付きをもらいに来たんです」


剣聖「……くずめ」


大司教「その堕落ぶり、父親譲りは右手の痣だけではないようだな」


ニート「どう思っていただいても結構。では、俺の話はもう終わりです。帰ってよろしいですか?」


行政官「未だ、だめです」


大司教「おや、珍しい」


行政官「まだ、話は終わっていません」


ニート「俺の話は、もうないですよ?」


行政官「私の話が終わってないと申しているのですよ」


剣聖「……」


行政官「勇者の息子。貴方には自覚がないかもしれませんが、貴方は爵位を持った貴族です」


行政官「ノブレス・オブリージュ 高貴なるものの義務。意味は分かりますね?」


ニート「……わかります」


ニート「だが、嫌なものは嫌なんですよ!」


行政官「義務を果たさないものがどうなるかも、想像に難くないと思います」


ニート「爵位のはく奪ぐらいなら、覚悟していますよ」


行政官「それだけで留まるわけがないでしょう。財産の差し押さえだってありえますよ」


ニート「はい!?そんな、馬鹿な話がありますか!?」


剣聖「勇者の財産は、奴自身が魔王を倒して得たものだ。お前のようなクズが浪費して良いものでは無い」


ニート「親からの財産の相続ですよ!正当な権利で得た財産まで、没収されるって言うのか!?」


行政官「サボタージュしているわけですからね。貴方が果たしていない義務のおかげで、この国は損害を被っています」


ニート「損害だって?どこにそんなものがあるって言うんだ!」


行政官「貴方は強大な武力を持っているじゃないですか、勇者直々に仕込まれた武力が」


行政官「その武力を民の為に振るわないこと自体が、損害そのものですよ」


ニート「……あんたらは、俺に勇者に成れって言ってるのか?」


行政官「まさか。勇者に成れなどとは言っていません」


行政官「残念ですが、それは今から行われる審議で決めることですから」


大司教「だいたい、勇者じゃなくとも民を守る為に剣を奮うことぐらいできるじゃろう」


ニート「……い、いや!だって―――」


行政官「お話は確かに伺いました。面接はこれで終わりです」


ニート「な―――」


行政官「結果は、おってお知らせします」


ニート「お、おいっ!俺の話を―――」


行政官「どうぞ、お帰り下さい」


ニート「お俺は、絶対に勇者になんてならないぞおおおおおおおおおおおおおお!」


――――――


行政官「それでは、審査を始めましょうか」


剣聖「正気か?あのような軟弱者に我らが時間を割く必要があるとは思えん。それに―――」


大司教「そこまでじゃ剣聖。どのような結果になるであれ審査は行わなくてはな、それが我らの職務じゃ」


行政官「その通りです」


大司教「しかし―――勇者の息子か」


行政官「右手の痣。彼がどのような男であろうと、神託には準じていますね」


大司教「確かに、勇者にも右手に鳥型の痣があった。それが選ばれし者の目印ということなのじゃろうか?」


剣聖「ただの遺伝という可能性もある。だいたい、女神に選ばれたものだからと言って特別な力をもっているわけではない」


行政官「そうでしたね」


剣聖「ああ、奴との面接を思い出すと段々腹が立ってきたぞ」


大司教「同感じゃのう」


剣聖「……おい行政官。俺は、あいつを勇者に認定したくなってきた」


行政官「一体何を―――?」


剣聖「共に魔王を倒した男の息子が、魔物に怯え、仕事を放り投げ、怠惰に暮らしているだなど全く許容できん」


行政官「えっと、前回お話しした私の意見―――ええっと、そうですね。この仕事の方向性を確認し共有したと思ったんですが」


剣聖「……?」


行政官「えぇ……こいつマジか」


大司教「素が出とるぞ行政官。剣聖、儂らは勇者の認定にあたってより厳しい審査を行うと約束したじゃろう」


剣聖「あ、ああ。そうだったな。お、覚えているぞ」


行政官「本当、お願いしますよ」


大司教「しかしな行政官よ。儂は、あれから考えたのじゃが」


大司教「儂らの仕事への取り組む姿勢は、このままで正しいのじゃろうか」


行政官「それは、前回確認したじゃないですか」


大司教「まあ、聞いてくれ」


大司教「回りくどいのは嫌いじゃから、率直に言わせてもらうぞ」


剣聖「普段最も回りくどい男がか。珍しいこともあるものだ」


大司教「儂らが面接で対峙してきた者たちは皆、何かしらの理由、何かしらの力を持ったものばかりじゃ」


剣聖「……」


大司教「そんな奴らが、たかが『勇者』の称号を貰えなかったからと言って。その目的を違えるとは到底思えないのじゃ」


行政官「そうでしょうか?彼らは現に、この面接を、勇者に成るための面接を受けに来たんです」


行政官「彼らは何故ここに来たか、それは『勇者』を志していたから」


行政官「そんな彼らから、勇者に成る可能性を奪ってしまう危険性は前回お話ししたとおりです」


大司教「まあ、一部そういった輩もおるかもしれん。しかしな行政官」


大司教「例えば、前回の面接に来た元盗賊。あやつは、『仮に、勇者に認定されずとも脱獄してでも魔王を倒しに行く』そう申しておったではないか」


行政官「一例だけでは何とも」


大司教「もっと前の話もしようか、神から力を授かった優男。あ奴は『勇者』のことを『ちょっとだけ憧れなくもない』と、そう言ってのけた」


行政官「彼は、この仕事の中で最も特異な存在でしたし……」


大司教「そうか?しかし、儂らの危惧はそれこそ推論を重ねただけの言わば机上の空論じゃ」


大司教「対して、はっきりと挙げれるだけでも二人も居る。それに、儂の鑑識眼に則って言えば」


大司教「面接を受けた多くの者たちの目的は、『魔王討伐』であって『勇者』ではない」


剣聖「その見えない鑑識眼な」


大司教「当時は見えておったわ!」


行政官「ちょっと剣聖殿、黙っててもらえます?」


剣聖「……む」


行政官「堂々巡りに成るかもしれませんが、それでは彼らが面接を受けに来た動機はどう考えるのですか?」


大司教「それこそ、先に挙げた二人の様子から幾らでも推論できようて」


行政官「……うーん」


剣聖「貰えるもんは貰う」


行政官「?」


剣聖「先代勇者の主義だ」


行政官「それが何だと言うのですか?」


剣聖「そんな考えの奴も居たかもしれんという話だ」


行政官「それは、そうかもしれませんが」


剣聖「……伝説の初代勇者でさえ、そうなのだ行政官」


剣聖「それに続くものが、どのような考えで『勇者』の称号を欲しがったかなんてものは考えるだけ無駄だ」


剣聖「むしろ称号を得た後の『2代目勇者』に聞いた方がはやい」


行政官「……」


剣聖「お前が、冒険者たちのモチベーションを気にしているのはわかる」


剣聖「だが、俺も俺なりに考えてみた」


剣聖「俺はな、早く『勇者』を認定した方がよい気がしてきた」


行政官「それは、何故ですか?」


剣聖「覚悟の話だ」


行政官「覚悟?」


剣聖「動機の弱い奴は、早めに振り落とした方がよいのだ」


行政官「しかし、それでは冒険者による魔王討伐が……」


剣聖「確かに、守りを衛兵、攻め手を冒険者に頼っている現状で攻め手が減るのは痛手だろう」


剣聖「だが、戦術というものは攻めるより守る方が容易いのだ。振り落とされた冒険者たちは、魔王討伐を勇者に任せ。安心して街の守護に当たるだろう」


剣聖「結果、無謀な突撃で命を散らす冒険者が減るのだ」


行政官「ですから、それでは攻め手の数が減ってしまうという話です」


剣聖「問題あるまい。自身が勇者と認められずとも、魔王を打倒さんと邁進する覚悟を決めた者たちだ」


剣聖「覚悟を決めた奴らは強い」


行政官「だから、私たちで覚悟を決めさせろと……?勇者を認定することで、覚悟を決めれるものだけに魔王討伐を託すと?」


大司教「お主は考えすぎじゃよ行政官」


大司教「正直なところ、思い上がりと言っていいほどじゃ。儂らの仕事に、そこまでの意味はないし。影響力も限られたものじゃ」


大司教「精々が、民を安心させてやれる程度。なれば難しいことを考えずに、ちゃっちゃと決めてしまってもよいのではないか」


剣聖「その通りだ。糞を垂れた後に、誰かが踏んだとしても知ったことではない」


剣聖「踏んだ奴が悪いのだ。垂れた俺たちに責任はない」


行政官「いや、糞垂れて処理してない奴が悪いでしょう」


大司教「うまいこと言おうとして滑っとるぞ」


剣聖「……あ、後は野となれ山となれ」


行政官「そんな、無責任な」


大司教「そうじゃのう、じゃあこんなのはどうじゃ?―――糞を垂れた場所に、花が咲くかもしれん。しかし、どのような花が咲くかはわからん」


大司教「毒の花かもしれんし、綺麗な花かもしれん。もしかしたら食人植物が咲いてしまうかもしれん」


大司教「だが、そうは言っても気にしてられん。だって腹は痛いのじゃ。糞は垂らさないと、ズボンを汚してしまう」


行政官「私の、更迭のことを心配されているのですか?」


大司教「まあ、それもある」


剣聖「……俺も、それが言いたかったのだ」


行政官「はい?」


剣聖「……」


剣聖「し、正直どう思った。あの堕落した、勇者の息子を見て」


剣聖「俺は、思った。情けないと。むかっ腹がたつと」


行政官「それは、まあ」


剣聖「奴を勇者に認定してくれたなら、俺が奴を直々に奴を鍛えなおしてやる」


大司教「お主がか?」


剣聖「なに、先代の勇者も俺が鍛えたんだ。俺の指導はちょっと厳しいが、成果は必ず上がる」


剣聖「なにせ、若い役人に素手の喧嘩で負ける男を『勇者』にまで育て上げたのだからな」


大司教「もしや先代勇者の教育法って、お主譲りなのではないか?」


剣聖「む、そうかもしれんな」


大司教「なれば、勇者の息子がああなった一因はお主にあるのでは?」


剣聖「な……」


行政官「想像に難くないですね」


剣聖「ななな、なればこそだ!勇者が成し得なかった教育を俺が完成させてやる!」


行政官「彼のあの様子なら、間違いなく逃げ出すんじゃないでしょうか」


剣聖「ゆ、勇者は耐えきってみせたぞ!」


大司教「『先代勇者は』な」


行政官「そう、それも一つの要因なんですよ。彼は勇者の息子であって、勇者ではない」


行政官「やる気のない方を、勇者に認定したところで何になるというのです」


大司教「一概に、そうとは言えんかもしれんぞ」


行政官「やる気ありました?」


剣聖「いや、なかったな」


大司教「全く。お主らは、儂以上に節穴じゃのう」


行政官「その冗談は、気まずくなるのでやめてもらえませんか……?」


大司教「ふぉふぉっふぉ、こんなもの笑い飛ばしてナンボよ」


剣聖「俺も、腕が鳴るぜ」


行政官「いや、話の流れぶった切って何を言い出すんですか?変なところで張り合わないでください」


剣聖「……なんか、俺に対して厳しくないか」


大司教「まあ、お互い腹を割って話せるようになったということじゃろうて」


行政官「話を戻してもらっていいですか?」


大司教「そうじゃったそうじゃった。あやつのやる気の話じゃったな」


大司教「それこそ、この面接に来た理由じゃよ。あやつは何をしにここに来た?」


行政官「それは、彼自身が言っていたではありませんか。『勇者に値しない』という免罪符が欲しかったからでしょう」


大司教「まあ、そう言っておったがな。しかし、本当に勇者になりたくないのなら領主の仕事同様に放ってしまえばよかったのではないか?」


大司教「面接の日時を一方的にキャンセルしてしまえば、まず間違いなく勇者には選ばれんじゃろうて」


行政官「確かに……そうですね。根が真面目ということでしょうか」


大司教「あれだけ怠惰を享受しておいてか?真面目な奴ほど、時間を怠惰に過ごすことに危機感を募らせるぞ」


剣聖「まあ堕落しきった男が真面目なわけはないな」


行政官「では、そうですね。『懺悔』しに来たなんてのはどうですか?」


大司教「考えられなくはないが、違うと儂は思っておる」


大司教「あやつの言動は、許しを乞いに来た者の物とは違っておった。むしろ、罰を受けに来た感じじゃの」


行政官「そうですか?……その割に、財産の没収をチラつかせたら明らかに焦ってましたけど」


剣聖「正直、意地が悪いなと思ったぞ」


行政官「すこし苛ついていたものですから」


大司教「儂はな、あやつから迷いを感じ取ったのじゃ」


行政官「迷い……ですか?」


大司教「何の間で揺れているのかはわからん。治めてもおらん民への罪悪感か。痛みへの恐怖心か。はたまた、無為に時間を過ごすことへの危機感か」


大司教「そういった迷いの中、あやつはこの面接を受けに来た。それはつまり、自分で決めきれなかった決断を、儂らに委ねたということではなかろうか」


剣聖「なんと軟弱な。そんな覚悟の無い奴は、やはり勇者にはしておけん気がしてきた。いや、俺が鍛えればあるいは……」


行政官「あなたが揺れ動かないでくださいよ」


大司教「覚悟の無い奴か。そうじゃのう剣聖よ」


大司教「あやつはある意味、罰を受ける覚悟をしてきたとはとれんか?」


剣聖「物は良いようだな」


剣聖「だが犯罪者が自首してきたと考えれば……まあ確かに覚悟が無いとできないことではあるが」


行政官「いやいやいや、今のところ全て大司教の想像に基づくものですからね」


行政官「大司教の人を見る目は信用していますが、それはあまりにも飛躍していませんか?」


行政官「だいたい彼は『勇者になりたくない』と大声で叫んでいたではありませんか」


大司教「……だって、儂はそう思ったんだもん」


行政官「そう思ったんだもんって……まさか」


行政官「あなた、私の今後を慮って大ぼらを吹いてるわけじゃないですよね?」


大司教「そうじゃよ」


剣聖「おいおい」


大司教「儂は、お主のことを思えばこそ!―――とか思っていると?」


行政官「違うのですか……でなければ、勇者の息子を更生させたいとか」


大司教「堕落した勇者の息子が、更に堕落しておるとは!」


大司教「教会の威信にかけても、あやつを更生させねばならん!そのためには荒療治も必要じゃ!そうじゃ、あやつを『勇者』に任命してしまえ!といったところか?」


行政官「……」


大司教「すまんすまん。しかしまあ、そう言った気持ちもあるかもしれんな」


大司教「―――だが、なんにせよ審議のルールは明確じゃ。3人の同意が得られれば『勇者』を任命する。得られなければ不認可じゃ」


大司教「儂は、剣聖同様にあやつを勇者に任命したいと少なからず思っておる」


行政官「何故ですか?」


大司教「今までの面接に来た連中は、ほとんどがみな魔王討伐を志しておった。先ほども言ったが、連中はほっといても魔王討伐に向かうじゃろう」


大司教「しかし今回の勇者の息子は、まだ決断を下せていない。ほおっておけば、怠惰な暮らしを続ける」


大司教「なれば儂らで背中を押してやっても良いのではないか。そう思ったのじゃ」


行政官「背中を押してやる」


剣聖「どちらかというと尻をひっぱたく感じだがな」


大司教「まあ、そうじゃな」


行政官「うーん。そう……ですか」


剣聖「お前は、どうなのだ行政官」


剣聖「行政官としての立場があることはわかっている。だが、この間みたいにお前自身の意見を言ってみろ」


剣聖「今日の面接。お前はどこかおかしかった。面接の相手に意地の悪いことを言ったり、説教をかましてみたり」


剣聖「何か思うところがあったんだろう?」


行政官「……そうですね。ちょっと感情が出てしまいました」


行政官「剣聖殿は、勇者の息子に対してむかっ腹がたつと仰ってましたが、私とて同じです」


行政官「先代勇者とは、時間は短くとも友人でした」


行政官「そんな彼の息子の、あのような姿を見てしまっては。せめて、領主としての仕事ぐらいは全うしてもらいたいと……」


大司教「一方的な親心じゃろうな。しかし、どうにもこの気持ちを抑えられん」


剣聖「あいつからしたらいい迷惑だろうがな」


行政官「もし、大司教の言う通り悩みを抱えてここに来たというのなら。その背中を押してやりたいという気持ちもあります」


大司教「ふむ」


行政官「さらに言えば、剣聖殿が言う通り。今更ですが、早急に『勇者』を認定したほうが無駄な犠牲が減るかもしれない」


剣聖「……」


行政官「し、しかし……」


大司教「ん?しかし、なんじゃ?」


行政官「…いや…あの……」


剣聖「ははあん、さては行政官。お前恥ずかしいんだろう」


大司教「どういうことじゃ?」


剣聖「この間、大見得切ったからな。『自分の今後の人生を棒に振ってでも、世界平和の為に為さねばならんことがある』とな」


剣聖「それを、今更改めることを恥じているのさ」


行政官「ええっと……」


大司教「そうなのか行政官?」


行政官「はぁ……まぁ……そうかもしれませんね……」


大司教「歯切れの悪い奴じゃのう。しかし、剣聖。よく気づいたな」


剣聖「恥の多い人生を送ってきたからな」


大司教「あらまあ」


剣聖「だいたい短い間だが、それなりに信頼関係は築いてきたはずだ。何を恥じることがある」


大司教「まあ、人の心は誰しも移ろいやすいものじゃ。恥じることではないわな」


行政官「そうなんでしょうけど」


剣聖「……一つアドバイスだ行政官。自身の心変わりを恥じているのなら、いっそのこと振り切れてみろ」


行政官「振り切れる?」


剣聖「勢いに任せて思いを反転してみろ。意外かもしれんが、それだけで気が軽くなる」


行政官「具体的にはどうすればいいのですか?」


剣聖「そうだな……世俗の言葉で言うならば、『悪堕ち』だな。なに、演じるだけでも構わん」


剣聖「中途半端にいい子ちゃんぶるから恥ずかしいのだ」


剣聖「世界の平和?知ったことか。更迭されるぐらいなら、適当に勇者を決めてやる」


剣聖「ほら、言ってみろ」


行政官「えぇ……」


行政官「……」


大司教「物は試しじゃよ」


剣聖「そうだ、言ってみろ」


行政官「更迭されるぐらいなラ…適当に勇者を決めてやる……」


大司教「ほっほっほ」


剣聖「いいぞ」


行政官「……認定された勇者が、逃げ出そうが知ったことか。私たちの仕事は『勇者』を決めるところまでで、その後は知らん」


大司教「のってきたのう」


剣聖「それ、もっとだ」


行政官「勇者の息子……?勇者は私の友達だ!コネ入社ぐらいさせて何が悪い!……」


行政官「……ふぅ」


剣聖「どうだ?楽になったろう」


行政官「……ふふ、そうですね。ありがとうございます」


行政官「しかし、なりたくないと言っている者を勇者に任命するというのは少し罪悪感が残りますね」


剣聖「まあた、いい子ちゃんが顔を覗かしているぞ」


大司教「性分なんじゃろうて」


大司教「少なくともあやつは自分の意志で、この面接を受けに来た。なれば結果がどうなろうと知ったことではないわ」


行政官「まあ、それもそうですね」


剣聖「そういえば、辞退って許されるのか?」


行政官「制度上は。しかし、王からの拝命を受けないのは極刑に値します」


剣聖「まあ、現実的にはないということだな」


行政官「そういうことです」


大司教「……」


剣聖「……」


行政官「……」


行政官「…さて、それでは皆さん。議論は尽くされた、とは到底言えませんが、我々には何にしても時間がない」


大司教「全く持って、その通りじゃな。我々、人類に残された時間はあとわずかじゃ」


行政官「拙速ではありますが、採決にうつりたいと思います」


剣聖「兵は拙速を尊ぶ。…構わんさ」


行政官「既にご存知かと思いますが、この決議は我々3人が全会一致でのみ成立します。よろしいですね」


大司教「うむ」


剣聖「……うむ」


行政官「それでは、お二方よろしくお願いします」


行政官「怠惰な暮らしに溺れる先代勇者の息子、彼らは勇者足り得るか?」


行政官「可です」


剣聖「可だ」


大司教「可じゃな」



行政官「それでは全会一致で、彼を『次代の勇者』と任命いたします」



―――――――――――――――――

最終候補者 ニートな勇者 勇者認定

―――――――――――――――――


行政官「さて、これにて私たちの仕事は終わりです」


大司教「とりあえず、今晩は打ち上げじゃな」


行政官「いいですねえ」


剣聖「この間の店は、なかなか良かったぞ」


行政官「そう言っていただけると、うれしいです」


大司教「しかし、これで最後か」


大司教「ここ半年ほど、数日おきに会っておったからな。すこし名残惜しいの」


剣聖「同感だ」


行政官「まあ、同じ王都に居を構える身ですし。お会いすることもありましょう」


大司教「……まあ、そうじゃな」


行政官「……」


剣聖「……俺は、自分の言葉通り。あの若造を鍛えにいくつもりだ」


剣聖「そうだな……」


剣聖「できれば『勇者』の様子を、定期的にお前たちに知らせたいのだが」


大司教「ほう!」


行政官「それはいい考えですね。仕事の投げっぱなしはいけませんものね」


剣聖「……うむ、では今後は月一程で報告会を行うということで良いか」


行政官「そうですね、では念のため採決をとりましょうか」


行政官「職務外ではありますが、今後も定例報告会を開催していく。よろしいでしょうか?」



行政官 大司教 剣聖 「「「 可! 」」」


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