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三人目 国に抗う男


大司教「なあ、剣聖よ。儂は思うのじゃ」


剣聖「突然どうした」


大司教「行政官、あやつには勇者を選ぶ気が無いのではないかと」


剣聖「・・・どういうことだ」


大司教「この面接が始まって幾日が経った?勇者足る力量の男は山の数ほどいたぞ」


大司教「だが、儂らはただ一人の勇者も選ぶことができていない。これはどういうことじゃ」


剣聖「行政官のせいだと?」


剣聖「だが、奴が『可』を出したこともあったではないか」


大司教「最初の若者と、異世界から来た優男か」


剣聖「そう。だが、あの時『不可』を出したのは俺とお前ではなかったか?」


剣聖「勇者の選定には、三人の『可』が必要だ。ならば、俺たちにも原因があると言えるのではないか」


大司教「そこじゃよ」


大司教「行政官が『可』を出したのは、儂らが頑なに『不可』を主張をしたあの時だけじゃ」


剣聖「・・・」


大司教「特に優男の時じゃ、行政官の行動は少し変であった」


剣聖「あの時は・・・俺が反対したんだったな」


大司教「ああ、だが優男の実力が他の候補者より郡を抜いていたことは事実じゃった」


大司教「あやつの立場からするならば、二人でお主を説得するのが普通じゃろう」


剣聖「確かに、国からは勇者の選定を急かされているしな・・・」


大司教「だが、あやつはそうはしなかった。むしろ、採決を急いでいるように儂には見えた」


剣聖「・・・思い返せば、そうだったかもしれん」


大司教「核心はもてん、だが復活した魔王が大陸を蹂躙しているこの危機の中。意図的に勇者の選定を遅らせているとしたら」


剣聖「・・・国への背信行為とも受け取られかねんな。理由は想像もつかんが」


剣聖「魔王軍、もしくは他国の息がかかっている・・・といった所か?」


大司教「最悪の状況を想定するのが、お主の生存戦略なのはわかるが。そこまではいかんじゃろう」


大司教「だが、行政官は信用ならん男かもしれん」


大司教「・・・少なくとも、この儂らの仕事においては」


―――――――――

3人目 国に抗う男

―――――――――


陽気な男「んじゃ、よろしく頼むぜ」


陽気な男「面接だからな、俺ちゃん何にだって答えちゃうよ。おっと、残念ながらスリーサイズは聞かないでくれよ、俺だって知らねえんだからな」


剣聖「情報部の連中め、またとんでもない奴を勇者候補にあげてきたものだ」


大司教「確かに、ふざけた男じゃのう。ちと軽薄すぎやせんか」


剣聖「いや、そういう意味ではない」


大司教「では、どういう意味じゃ?」


行政官「彼は、元大盗賊です。王国各地で、領主の館に押し入り財を根こそぎもっていく。そんなことを何十回と繰り返していました」


陽気な男「おおっと行政官さん!奪った金銀財宝を、貧しい人々に配ってたってところが抜けてるよ!一番重要なところだから!」


大司教「自分で行ってしまうと台無しじゃのう」


陽気な男「え、まじ?じゃ、いまの無しで!」


陽気な男「盗んだ金は、贅沢に使わせていただきました!うまい酒とうまい女をとっかえひっかえで、すっからかんです!」


大司教「残念な男じゃ・・・」


陽気な男「!?」


行政官「情状酌量の余地はありますが、やってることは許されませんので。近年、逮捕され収監されたと聞いていましたが・・・」


陽気な男「まあ、世界がこんな状況ですしね。俺も、みんなのために何かできないかと思って」


陽気な男「盗んだ財宝に紛れてた怪しい情報をチラつかせて、俺にも戦わせろって頼み込んだんすよ」


行政官「志は高いようですね。ということは、釈放の条件は勇者に選ばれることといったところですか?」


陽気な男「まあ、そういうことになってます。だけど、こう言っちゃなんだけど」


陽気な男「例え勇者に選ばれなくても俺は脱走して、魔王をぶっ殺しに行きますよ」


大司教「やる気満々じゃのう。剣聖は、この男を知っておったのか?」


剣聖「同郷だ。ガキの頃から、スリの腕は一目置いていたが盗賊になっていたとはな」


陽気な男「おやおや?おやおやおや?スラム街の英雄・剣聖先輩じゃないっすか!憧れてたんだ、サインもらえます?」


陽気な男「えっと紙が無いから背中に書いてもらって・・・」ヌギヌギ


行政官「背中に、鷹の紋章・・・いえ、タトゥーですか」


陽気な男「あ、そうそう。剣聖さん、サインを被せないでくださいね、この墨、結構気に入ってるんすから」


行政官「タトゥーって、神託的にはどうなんでしょうか?」


大司教「別に、勇者の印は生来のものという条件はないぞ」


行政官「そ、そうですか」


大司教「まあ、神託の勇者の印については秘匿されておるからな。後付けでタトゥーを入れる輩はおるまい」


行政官「なるほど」


陽気な男「えっと、ちょっと寒いので早くサインを頂けると嬉しいんすけど?」


剣聖「サインなど書かん・・・」


陽気な男「えぇー・・・」


行政官「なぜ勇者を志すほどの正義感を持っていながら、盗賊なんかに身をやつしていたんですか?」


陽気な男「別に、勇者は子供の頃からの夢ってわけじゃないですよ」


陽気な男「大体、俺が子供の頃は平和そのもの。勇者に憧れたって、あげる戦果がなかったじゃないすか」


大司教「まあ、それもそうじゃのう」


陽気な男「俺が盗みを始めたのは、純粋に生きるためですよ」


陽気な男「まあ、最近は世のため人のためを標榜に盗みを働いていましたけど」


剣聖「勇者となり、魔王を打倒した後はどうするのだ?また自称義賊に戻るつもりか?」


陽気な男「そうですねえ、勇者になった後ですか・・・そこまでは考えて無かったなあ」


大司教「重要なところじゃ」


陽気な男「まあ、一度捕まった身ですし盗みは辞めますよ」


行政官「その言葉に嘘偽りはありませんか?」


陽気な男「ないね。こう見えて約束を違える男じゃないっすよ」


陽気な男「まあ、将来のことは置いといて。俺はとにかく、魔王の糞野郎をぶっ殺してやりたいんす」


剣聖「なぜ、そこまで魔王を憎む」


陽気な男「魔王は絶対悪だからですよ」


大司教「お主も悪党だったろうに」


陽気な男「そうなんですけど」


陽気な男「俺も盗賊ですから、いろんな悪党を見てきましたよ。でもね、どんな悪党でも少しは優しさをもってるんすよ」


行政官「・・・」


陽気な男「民から重税を巻き上げてる貴族も、自分の孫には人々に優しく振舞うよう教えたり」


陽気な男「残虐な暗殺者が、元締めを父のように慕ったり」


陽気な男「通った後は草すら生えない盗賊が、盗んだ財を貧しい人々に配ったりね!」


大司教「もう、残念を通り越して哀れに思えてきたわ」


陽気な男「!?」


陽気な男「まあ、冗談はさておき。魔王には、そのちょっとした慈悲もない」


陽気な男「盗賊だからこそ、俺は自分の目には自信がある。あいつはやばい。生かしては置けない」


剣聖「・・・まるで魔王を見たかのような言いぶりだな」


陽気な男「・・・俺は見たんですよ魔王城で、魔王その人を」


行政官「魔王城に忍び込んだのですか!?」


陽気な男「当時は、まだ魔王が復活したなんて知られてなかったしな。ちょっとしたトレジャーハントのつもりで潜り込んだんすよ」


剣聖「・・・良く生きて戻れたな」


陽気な男「まあ腕には自信があるので・・・魔王城で見た男には心がなかった。ありゃあ無機物。彫像なんかと同じだ」


陽気な男「他人を慮る心なんてない、なにせそもそも自身も心を持っていないんだから」


陽気な男「そんな男が世界の破滅を標榜しているんだ、慈悲なく折れることなくそれは完遂されるだろうよ」


陽気な男「だから、俺は王都に行き。王に直接、魔王復活を知らせたんだ」


行政官「王に直接ですって?どうやって・・・いや聞くまでも無いですね」


陽気な男「まあ、俺はこう見えて盗賊なもんですから。王城にこっそり忍び込み目的こそ達成したが、あっさり捕まっちまったと言うわけでさあ」


大司教「大胆なことをしたものじゃ」


陽気な男「王様には魔王の復活を伝えたし、これで安心と牢屋の中でスローライフを送っていたんですけど」


陽気な男「牢屋の中にも、世間の様子は流れてきましてね」


陽気な男「だいぶ魔王軍にやられてるようじゃないですか」


大司教「・・・そうじゃな。既にいくつもの村や街が地図から消えておる」


行政官「多くの冒険者が魔王討伐に向かっていますが、残念なことに未だ魔王の首と胴はつながったままです」


陽気な男「知ってます。だから、俺がやらなきゃって思ったんすよ」


陽気な男「どうです?俺に任せてもらえやしやせんか?一度は忍び込んだ魔王城だ、二度目はもっと楽勝ですよ」


行政官「・・・貴方は犯罪者です。それもまだ服役中の。どうやって信じろと言うのですか?」


陽気な男「信じてもらわなくていいですよ、できるなら正当に出所する方がいいってだけで」


陽気な男「さっきも言いましたが、俺を勇者と認めずに再び牢にぶち込むというならそれで構わない」


陽気な男「俺は自力で脱走して、魔王をぶち殺しに行く」


陽気な男「そんでもって、恩赦で綺麗な体になって!魔王討伐の褒賞で楽しく暮らすんす!」


剣聖「・・・官憲に追われながら、魔王城へ向かう気か?」


陽気な男「俺の楽しい楽しい第二の人生構築計画を邪魔をするって言うなら、激しく抗ってやりますよ。例え相手が国だろうともね」


大司教「・・・ふむ」


剣聖「良い覚悟だ」


陽気な男「ま、格好つけはしたけど。いまの状況じゃ俺なんかに官憲を裂く余裕も国にはないでしょうしね!」


行政官「それを自分で言ってしまうとは」


剣聖「ああ・・・折角の覚悟が台無しだな」


陽気な男「え!?えっ!?」


大司教「本当に残念な男じゃな・・・」


陽気な男「!?」


――――――


行政官「さて、それでは審議を始めましょうか」


剣聖「行政官、俺からで良いか?」


行政官「もちろん」


剣聖「俺は、奴の勇者認定に賛成だ。・・・いや、もっとはっきり言えば俺はあの男を勇者にしたい」


大司教「珍しく積極的な意見じゃのう」


剣聖「経歴を鑑みても実戦経験は豊富だろう、なにより魔王城に単独で侵入し無事帰って来れている。腕に関しては申し分ないと言える」


剣聖「・・・だが、それだけが理由ではない」


行政官「と、仰ると」


剣聖「奴の境遇は俺に似ている」


大司教「同情でもしたか?」


剣聖「・・・あの男は、スラム街で育ち悪事に手を染め生きてきた。その点、俺と全く同じだ」


剣聖「だが、勇者に雇われた俺と違い。奴は自分自身の意志で、魔王を倒すと言った・・・」


剣聖「同じ境遇だが、奴は俺と同じではない。ある意味、同情かもしれんが俺は奴を勇者にしてやりたい」


大司教「本当に同情じゃったわ」


行政官「彼の動機付けはどうですか?自身の利益のためと明言していましたが」


大司教「まさか、本気であの発言を信じているわけではあるまい」


行政官「それは、まあ」


剣聖「俺も旅の初めは金銭目的だったさ、だが滅ぼされた村や国を見ていく中で」


剣聖「俺にも、世界を救いたいという確かな志が芽生えた・・・」


剣聖「だが、あの男は既にそれを持っているように見受けられた。なれば、奴には勇者となる資格はあるはずだ」


剣聖「俺がなれなかった勇者に」


行政官「もしかして、剣聖殿は勇者になりたかったのですか・・・?」


剣聖「・・・」


剣聖「・・・その通りだ。俺は以前、勇者の仲間として諸手を振って大通りを歩くつもりはないと言ったな」


剣聖「あれは嘘だ。見栄を張ったのだ・・・俺は、勇者に羨望の念を抱いていた」


剣聖「俺も、できるならば魔王を倒した一人として皆の喝さいを浴びたかった。それだけ困難な旅だったのだ、褒賞以上の物を求めても罰は当たるまい」


剣聖「だがそれ以上に、俺の後ろ暗い過去がそれを許さなかった・・・」


剣聖「だからこそ、魔王討伐後に俺は苦楽を共にした勇者の下を去ったのだ」


大司教「そうであったのか」


行政官「剣聖殿」


行政官「誰が何と言おうと、貴方は勇者の仲間、いや貴方自身も立派な勇者ですよ」


剣聖「・・・」


行政官「確かに、貴方の経歴は表沙汰にできないでしょう。しかし、貴方は魔王を打倒すという奇跡を為した」


行政官「私は、事を為したものこそが勇者と称賛されるべきだと考えています」


行政官「ですので、私の中では貴方は既に勇者です。少なくとも、この密室の中でならいくらでも誇っていただいて結構です」


行政官「私は、貴方の偉業に惜しみなく称賛を与えます」


剣聖「・・・ありがとう」


大司教「そうじゃのう、お主も裏稼業から足を洗った久しいのじゃ。時機を見て、人々に真実を伝えることも可能じゃろう」


大司教「教会は悔い改めたものには寛大じゃ。惜しみなく力を貸すぞ」


剣聖「そこまではしなくていい・・・だが気持ちだけ頂いておく」


行政官「さて、剣聖殿の意見は至極わかりました」


行政官「次は、私に意見を述べさせてください」


剣聖「・・・うむ」


大司教「ふむ、聞かせてくれ」


行政官「行政官という立場からはっきり申し上げれば、言語道断」


行政官「彼を、勇者と認めることは断じてできません」


大司教「うわぁお、流れをぶった切ったのう」


剣聖「・・・まあ、お主ならそう言うだろうな」


大司教「一応、理由を聞かせてもらえるか?」


行政官「当然です。彼は服役中の罪人だ」


行政官「魔王討伐は、彼が刑期を終えてからやればいい話です。私たちが、制度を捻じ曲げてまで手助けをする謂れはない」


剣聖「・・・道理ではある」


行政官「それに彼が面接を受けることができた理由も気に食わないですね」


行政官「勇者を決める面接が政局に巻き込まれていては、世界平和なんて成し得ることはできない・・・」


行政官「失礼、最後のは余計でしたね。要するに、犯罪者を勇者にするわけにはいかないというのが私の意見です」


大司教「なるほどのう。それじゃあ、儂の見解を一言で述べようか」


行政官「お願いします」


大司教「先ほども言ったが―――教会は、例え服役中だったとしても罪を悔い改めたものを許す」


行政官「私の意見と真っ向から対立するということですね」


大司教「言ったじゃろ?教会は寛大なんじゃよ」


行政官「しかし、彼は悔い改めているようには見えませんでしたが?」


大司教「そう見えたか」


行政官「ええ」


大司教「あの男は、人を見る目には自信があるといっておったが。悪党や善良な市民の懺悔を、日々分け隔てなく聞いている儂の鑑識眼には適うまい」


大司教「魔王退治は自分のためだと言っておったが、あれは照れ隠しじゃな」


大司教「悪事を積み重ねてきた自分が、世界平和を為そうとすること恥じている。恥じながらも尚、それを為そうとせざるを得ない。含羞の男というわけじゃ」


行政官「ちょっと、深読みしすぎでは・・・?」


大司教「おや、儂の目を疑うのか?ならば、これまで儂らがしてきた審議の正当性に疑いが深まるのう」


剣聖「・・・ずるい言い方だ」


行政官「まったくもって」


行政官「しかし、たとえ教会が許したとしても彼に特赦を与えるなど・・・」


大司教「制度上それができるから、奴はこの面接を受けに来たのであろう?それに気づかぬお主でもあるまい」


行政官「・・・」


行政官「・・・そうですね。彼の推薦人は司法長官の遠縁にあたる貴族です」


剣聖「ならば、奴の握っていた情報というのは司法長官の・・・」


行政官「あくまで推論ですが。まあ、そういうことなら制度上は可能になるでしょう・・・法的にも問題ありません」


大司教「じゃろう?なれば、お主の行政官としての立場からの意見にはその根拠が無いというわけじゃ」


行政官「では、私の意見は倫理的な意見としてお受け止め下さい」


大司教「倫理か、倫理ならばこそ儂の領分じゃ。教会が許すと言っておるのじゃぞ?これ以上のお墨付きはあるまい?」


行政官「うーん、納得は出来ませんが大司教の意見はわかりました」


行政官「さて、話は尽きませんが、そろそろ採決に移りましょうか」


剣聖「・・・!?」


大司教「・・・まてまて、早すぎるぞ行政官」


剣聖「事をせいては仕損じるぞ」


行政官「しかし、そうは言っても時間は有限ですので」


剣聖「勇者候補の数もな」


大司教「剣聖の申す通りじゃ。こう易々と勇者候補を切り捨てていれば、いつか候補者がいなくなってしまうぞい」


行政官「そうなったら、情報部に新たに選考をさせるだけです」


行政官「現に、前衛の戦闘職に限らない第二次選考を情報部は開始しています」


大司教「じゃからと言って、審議をおざなりやってよい理由にはなるまい」


剣聖「俺はもう少しの間、あの男について審議を続けたい。時間を割くだけの価値はある男だ」


大司教「ほら、剣聖もこう申しておるのじゃし・・・」


行政官「・・・」


行政官「・・・大司教様、持論はご自宅に忘れてこられたのですか?」


大司教「うむ突然どうした?」


行政官「あの男は、貴方の持論に当てはまっているのですかと聞いているのです」


大司教「やけにとげのある言い方じゃのう」


行政官「以前の貴方ならば、貴方の鑑識眼に収まる程度の男を勇者と認めたりしなかったはずです」


大司教「ははぁ、そう来たか」


大司教「しかしな行政官よ、儂の鑑識眼なんぞ当てにならんかもしれんぞ?」


大司教「あの陽気な男は、儂の想像以上のことやってのけるやもしれぬ」


行政官「またそんな無責任な」


大司教「ははは、正直なところ誰が事を為すかなんぞ儂には見当もつかんわ」


剣聖「それには、全面的に同意する。如何にここで審議を尽くそうと、国の定めた勇者が事を成し得るとは限らん」


行政官「・・・」


行政官「お二人とも、本当に・・・そう思いますか?」


大司教「もちろんじゃ」


剣聖「俺は、最初からそう言っているが」


行政官「・・・そうですか」


行政官「さて、そろそろお腹もすいてきましたね。どうです今晩、一杯飲みにでも行きませんか?」


大司教「お、良いのう。儂は大丈夫じゃよ」


剣聖「俺も問題ない」


行政官「それは良かった!」


行政官「それじゃあ、さっさと採決をとって飲みに行きましょうか!」


大司教「まてまてまて!なぜ、そうなるのじゃ!」


行政官「しかし、早く出ないと店が混みますよ・・・?」


剣聖「そんな茶番で、よく俺たちを誤魔化せると思ったな」


行政官「しかし時間が―――」


大司教「まあ待て行政官」


大司教「さて剣聖よ、儂らの疑惑は深まりつつあると思うがどうじゃ?」


剣聖「・・・うむ」


行政官「なんのことです?」


大司教「お主のことじゃ行政官。お主は意図的に勇者を認めまいとしているであろう」


行政官「・・・そんな馬鹿な」


剣聖「いや、そうとしか思えん。疑うのは辛いが正直に答えてくれ」


行政官「・・・」


大司教「なあ行政官よ、剣聖を見てみよ。あの強面を」


剣聖「・・・?」


大司教「あんな凶悪な顔をしながら、在奴は己が勇者に憧れていたという本心を儂らに語ってくれた」


大司教「それだけ儂らを信用してくれているということじゃ」


剣聖「顔のくだりは必要だったか・・・?」


大司教「儂だってそうじゃ。お主らを信頼しているからこそ、教会の建前を捨てて、この仕事に積極的に協力しておる」


大司教「ここでの儂の発言を外で漏らされたら、大ごとじゃぞ。絶対に漏らすでないぞ」


剣聖「なあ、聞いているのか?」


大司教「行政官よ、お主が何らかの悪意をもっているとは儂には思えん」


大司教「お主もまた確固たる意思をもっているが故に、そうせざるを得ないのじゃろう?」


行政官「・・・」


大司教「儂らは仲間じゃ、話してくれはせんか?」


剣聖「・・・」


行政官「―――わかりました」


行政官「あなた方は同志だ。全てお話ししましょう」


――――――


勇者は、魔王討伐の旅に出る前は王都より遠く離れた南西の小さな町で衛兵を務めていました。

当時、町役場に勤めていた私とは年も近かったこともあり。よく二人で、町の酒場に繰り出したものです。

彼の印象は、気弱で虚弱、本当に衛兵として仕事が勤まっているのか疑問をもたざるを得ないほどでした。

また、人一倍強い正義感を持ち合わせているわけでもなく、あくまで食い扶持として衛兵という仕事をこなしているように見えたのです。

そんな彼が、職を辞して魔王を倒しに行くと言い出した時は正直驚きました。


勇者「俺は衛兵を辞めて魔王を倒しに行くことにしたよ」


役人「ば、馬鹿言うなよ。お前に、そんな大それたことできるわけないじゃないか」


勇者「まあ、俺も正直そう思ってるよ」


役人「突然何を言い出すんだよ。あれか、東の村が魔王軍に焼かれたからか?」


勇者「それもあるかな・・・仮にもあそこは、俺の故郷だったし」


役人「・・・ずっと帰ってなかったんだろう?親族でも殺されたのか?」


勇者「俺の家族はとっくに死んでるよ。強いて言うなら、恋人の家族が殺された」


役人「ああ、あの雑貨屋の娘か。かたき討ちというわけか?」


勇者「そんなところかな。彼女はすごい悲しんでるし、できるなら恨みをはらしてやりたい」


役人「・・・はっきりしない奴だな。それに、恋人とは言え他人の敵討ちに命をかけるつもりなのか」


勇者「まあ、理由の一つではあるよ」


役人「俺が聞いてるのは、お前の本心だよ」


役人「飯を食うために衛兵やってるような奴が、どうして今になって魔王退治なんて言い出すんだ」


勇者「うーん、正直、自分でもよくわからないよ」


役人「あのなあ、真面目に聞いているんだぞ」


勇者「真面目に答えているよ。でも明確なものは、特には無いんだ」


勇者「恋人の家族の敵討ちってのもあるけど、何か大それたことをやってみたいって気持ちもある」


勇者「世界を見て回りたいという好奇心もあるし、この町に飽きたってのもある」


勇者「悲しんでる恋人の姿を、見てられないってのもあるかな」


役人「・・・お前、本気で言ってるのか?その程度の覚悟で、魔王を倒すなんて」


役人「大体、悲嘆に暮れている恋人をこの小さな町に置いていく気か」


勇者「うーん、そこはちょっと考えてるんだけど」


役人「ああ、そうかい。だったら置いてけ、お前の御手付きだが俺が貰ったやらんこともないさ」


勇者「拗ねるなよ。まあ、それはそれで困るし連れて行こうかな」


役人「余計に意味が分からんぞ」


勇者「気分転換させてあげられないかな?」


役人「お前、魔王を討伐しに行くんだよな?新婚旅行に行くわけじゃないんだぞ」


勇者「まあ、無理そうなら何処か安全な場所に置いていくよ」


役人「だめだ、全く理解できん。話にならん」


勇者「そう言うなよ、明後日には立つつもりなんだ。今日は、楽しく飲もうぜ」


役人「いや、本当に意味が分からん。呆れてものも言えん」


役人「大体、お前たいして強くもないくせに」


勇者「それは衛兵として聞き捨てならないなあ。衛兵侮辱罪でしょっぴくよ」


役人「はっ!笑わせる、お前如き貧弱、俺でも吹っ飛ばせるぞ!」


勇者「まあまあ、落ち着いてよ。とにかく今日は楽しくさ」


役人「―――っ!」


勇者「ぐぁっ!」


勇者「・・・ひ、酷いじゃないか、いきなり殴るなんて」


役人「知るか!魔王に殺される前に、俺がぶっとばしてやる!おらかかってこい!」


勇者「ったく、しかたないなあ!」



その日、私と勇者は初めて殴り合いの喧嘩をした

散らばるグラスと、砕けた木皿、けしかける酒場の荒くれ達の声の中

最後に勝鬨をあげたのは、私のほうだった


――――――


剣聖「・・・俄かには信じられんな。手を抜いたのではないか?」


行政官「当時の彼は、本当に華奢だったのですよ」


大司教「あの勇者が、木っ端役人に喧嘩で負けるとは・・・意外じゃ」


行政官「次に彼に会えたのは、彼が魔王を打倒し。『勇者』の称号を得る記念式典でのことでした」


行政官「私は、自分の目を疑いましたよ。そこに立っていた勇者は、間違いなくあの虚弱な元衛兵だったのですから」


行政官「まさか、喧嘩で私に負けるような男が魔王を打倒すだなんてね。こんなことなら、私も魔王に挑戦しておけばよかったと後悔すらしましたよ」


剣聖「勇者は―――旅の中で、成長したということか」


大司教「まったく人の可能性というものは無限大じゃのお」


行政官「そう、まさにそれですよ大司教様」


行政官「人には無限の可能性がある。誰しもが魔王を倒しうる可能性があるんです」


行政官「そして、その奇跡をなしたものこそが勇者と称されるべきなのです。決して、私たちだけで決めていいものではないはずです」


大司教「なるほどのう。お主も、お主なりの勇者観に基づいて仕事をしていたというわけか」


剣聖「だが、そうは言ってもだ。その勇者を決めるのが俺達の仕事だ」


大司教「その通り。そして付き合いの浅い儂らでさえ、お主の意図に気づいたのじゃ」


大司教「このままじゃお主、罷免されかねんぞ」


行政官「既に・・・情報部は感づいているようです。なんとか、抵抗を試みていますが時間稼ぎ程度しかできていません」


大司教「意地を張って、せっかくの出世コースを台無しにする気か?」


行政官「・・・出世に興味はありませんよ」


剣聖「ここに来る候補者たちはみな優秀だ。魔王を倒す可能性も非常に高いだろう」


剣聖「何も有象無象の中から選ぶわけではない。少しは妥協してもいいんじゃないか?」


行政官「あなた方がそれを言うのですか?」


剣聖「俺たちは、例えこの仕事に失敗しても職を失うわけではないからな。だがお前はどうだ?」


剣聖「最悪、国家反逆罪なんてのもあり得るんじゃないのか?」


大司教「反逆罪はなくとも、背任罪は免れぬのではないか?儂らは、お主の身を案じているのじゃよ」


行政官「だめです。私たちが勇者を作り出すわけには行かない」


大司教「意地・・・だけではないな。何につけ論理的なお主じゃ。他にも理由があるのではないか?」


剣聖「話せ」


行政官「・・・魔王軍が大陸で猛威を振るう中、各地でそれに抗い続けている者たちがいます」


剣聖「王国騎士団だな」


行政官「いえ」


剣聖「・・・む」


大司教「騎士団は都市部の防衛で手一杯じゃ。冒険者達のことじゃろう」


行政官「そうです。正規の訓練を受けず、自前の装備で戦っている冒険者達です」


行政官「そんな彼らが数でも質でも勝る魔王軍に立ち向かえるのは、彼らの志にあるのです」


大司教「確かに、モチベーションは大事じゃの」


剣聖「精神一到何事か成らざらん」


行政官「それは敵討ちであったり、強い正義感であったり、恋人の為であったり、名声のためであったり」


行政官「魔王を首を挙げ『勇者』に成るというのも、その最たる一つだと私は思うのです」


剣聖「『勇者』への憧れが、彼らの力の源になっているということか」


行政官「そうです。だが、私たちの仕事は、彼らからそれを奪うものだ」


行政官「魔王が健在な今、私たちが誰かを『勇者』であると認めてしまえば冒険者達はどう思うでしょうか」


剣聖「・・・」


行政官「『魔王討伐は勇者に任せよう』『勇者なら、きっとやり遂げてくれる』『勇者なら』」


行政官「その瞬間、彼らは魔王を打倒すという目的を勇者に託しかねない」


行政官「私たちが仕事が、魔王軍に立ち向かう者たちの心をくじいてしまうのです」


行政官「だから、私は例え国中から後ろ指をさされようとも『勇者』を認定するわけにはいかない」


行政官「冒険者たちが戦い続けるには、勇者がいないことが重要なのです」


大司教「お主はお主なりに戦っておったのだな」


剣聖「俺は自分が恥ずかしい・・・お前が、そこまで深慮していたとは」


行政官「お二人は、誰が魔王を倒すか見当もつかないと仰いました。ならば、どうか私のサボタージュに協力してもらえないでしょうか」


行政官「どうか、どうか!お願いします!」


剣聖「頭をあげろ行政官、俺たちは仲間だ。どうして、仲間に頭を下げてまで乞う必要があろうか」


大司教「まあ、あくまでも儂は儂の目に従って仕事をするまでじゃ。しかし、結果として儂らが勇者を選び出すことができなかったとしても」


大司教「それはサボタージュとは言えまい?ちなみに、今この時をもって儂の目はより一層厳しいものとなったぞ」


行政官「・・・ありがとうございます!」


剣聖「だから、頭を下げるなと言っているだろうに」


剣聖「・・・お前は、俺の事を勇者と呼んでくれた。だが人知れず国に抗い続けていたお前こそ」


剣聖「勇者であると、俺は思う」


大司教「お、それはええのう」


大司教「どうじゃ行政官、お主も勇者候補生として儂らの面接を受けてみないか?」


行政官「まっさきに不可ですよ。私は、まだ何も成し得ていない」


剣聖「そうだったな・・・『成し得たものこそが勇者』。それがお前の勇者観だった」


大司教「さてお二人さん、儂はもう喉が渇いて仕方ないぞ。すぐに潤さねば、皺くちゃに枯れてしまいそうじゃ」


大司教「そろそろ審議を終えてもいいんじゃないか?」


剣聖「お前は、最初から皺くちゃだろうに」


大司教「なんじゃと!?」


剣聖「だが、喉を潤したいというのには賛成だ、行政官、そろそろ採決に移ろうではないか」


行政官「はい!それでは、みなさん採決に移りましょう」


行政官「それでは、採決に入ります」


行政官「国中で悪事を働いた元義賊、彼は勇者足り得るか?」


剣聖「不可」


大司教「不可」


行政官「不可」


行政官「反対3で勇者認定ならず。それでは、皆さんを王都一の酒場にご招待しましょう」


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3人目 国に抗う男 勇者認定ならず

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