ある夜・天候→雨 建造物内 肆
ここらへんから、能力描写がゆっくり増えてきます。
これから登場する、多彩で強力な能力の最初は、主人公の能力です。
「で、でも…私は裏口とか、お金とかがあるお部屋の場所なんて知らないよ?」
少女は、どこか申し訳なさそうにそう言った。無理もないだろう。彼女はかなり長い間この部屋から出ていないのだ。そんな環境下で発狂していないのは、不幸中の幸いだろう。
そんな少女を見た青年は、ニコッと笑みを浮かべた。
「大丈夫。考えはしっかりあるんだ」
青年はそう言うと、自分のこめかみを軽くトントンと叩く。そして、「ちょっとしたマジックみたいなものだよ。違うけど」と言い、自分の影に手を触れる。その手が、影に沈み込んでいく。
「えっ、凄い!お兄さん、魔術師なの?」
「僕は能力者だよ、3つの能力を持ってるんだ。今使ってるのは、【影狼】っていうんだよ。ほら、僕の隣りにいる。なでてみるかい?」
青年の言うとおり、彼の隣には夜を焦がして更にその濃密な闇を焦がしたような黒い皮膚と硬い甲殻を持った、不思議な見た目の生物がいた。
両目は捻じ巻く角に覆い隠され、その背に爪があると思えば、それは肩の上から伸びる腕のような、翼のような器官だった。
背の高さは人間くらい。そこまで巨大ではない。
少女は、硬い甲殻と鱗のような皮膚に戸惑いながらも、その手を伸ばして【影狼】の額のあたりに触れる。撫で始めた彼女の手を、【影狼】は何もせず、心地よさそうにしていた。
「……おしっ、掴んだ!」
目当てのものを影の中で探り当てた青年は、自分の影からそれを引きずり出した。
少女は、どんな不思議なアイテムが出てくるのかとワクワクしていたが、次の瞬間には心の底から驚いたような顔をしていた。なぜなら、青年が影から引きずり出したのは、女性の死体だったからだ。
「え、これ……じゃなくて、この人って、まさか…」
わざわざそう言い直す少女。彼女の言い方だと、見たことがあるだけ、というわけではなさそうに聞こえた。
「あぁ、ここに君を押し込めてた人たちの一人。皆、サンドイッチ一つで僕を殺そうとするんだもの、あべこべにみんな殺してしまったんだけどね…」
少女は、唖然としていた。無理もないだろう。このときの青年は知らなかったといえど、青年が引きずり出した女性は、少女の色々な世話をしてくれていたのだ。
「頼むから、酷いとか言わないでね?この人に影を返せば、また動けるようになる。今からそれをやるところだ。良い?」
少女は、肝心なところは聞けていたらしい。数秒の思案の後、「大丈夫」と答えた。青年は、軽く頷いた。
「【影狼・御霊の影戻し】」
ポワッ、と黒い球が青年の影から空中に一つ浮かび上がり、影のない絞殺死体へと溶け込んで消えていく。女の体に、影が戻った。
3秒ほど後、小さく呻き声を上げ始めた女は、それから、「うあぁァァァァっ!??」と言う絶叫とともに、撥条仕掛けのような勢いで飛び起きた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……一体、カハッ 何が…」
突然の絶叫に驚いた少女は、青年が着ている裾の長いパーカーの端をキュッと握った。青年は、そんな少女の頭を優しく撫でながら、
「お目覚めで、ウチウミ メイさん」
と声を掛けた。名前を呼ばれた彼女は、日頃の訓練の賜物なのだろうか、素早い手付きで腰のホルスターから拳銃を抜き、青年に向ける。
「おや、暴挙は止しておいたほうが身の為ですよ。いくら貴女が能力を持っていたとしても、僕には敵わないって、さっき分かったじゃないですか」
「貴方、この建物にいる人間をほぼ全員、殺したわね?」
女は、一切物怖じすることなく質問をした。
「えぇ、殺しました。僕が殺されそうになったから」
青年も同じように、寧ろ、より物怖じなく冷淡に答えた。
女は続けた。
「何故ッ!何故殺したのッ?!この組織は私の生命線なの、ここが無きゃ生活が成り立っていかないのよ!妹だって…妹は生まれつき両脚が無いのに家にお金がないから、17年間規格のあってない義足を騙し騙し使ってきてるのよ?!杖まで使って、関節をカタカタ鳴らしながらッ、私が帰ってくる度に『大変だよね』って、『辛いよね』って、『働けなくてごめんね』って、そんな事を言ってくれる妹に、このことを私はどう言えばいいのよ?!」
感情に任せ、論理も成り立っているとは言えない、しかし誰でも抱くであろう感情を爆発させた女は、目に涙を浮かばせ、怒鳴り声で痛めた喉からは「ヒュー…ヒュー…」とまるで喘息患者のような呼吸音を喉から漏らしながらも、青年の方を向き続けた。
「色々と勘違いしていませんか?」
青年の声は、女の声とは対照的に、どこまでも冷えていた。凍りつく様な冷静さを伺わせる声色。透明で、目に見えなくとも刺さる刃の様に。
「まず一つ、前提的なことから言いますよ。貴女が今みたいに怒鳴れたのは何のせいだと思います?紛れもない、あなたが大切にしてたこの組織をぶっ潰した僕のせいですよ。わかりますよね?しかも、僕があなたを選んだのは偶然です。偶々近くできれいな死に方をして、偶々僕が貴女の死体を見つけて、偶々今生き返らせたからです」
女に返す言葉はなく、それを一瞬確認した青年は、そのまま続ける。
「僕にとって、貴女に妹がいるかどうか、その妹がどんな境遇なのかなんて知ったこっちゃないってのも、わかりますよね?確かに辛いのは分かりますよ。でも、僕に当たるのなら、サンドイッチ一枚を、態々銃殺刑にまでしたこの組織を恨んで下さい」
青年は、自身に対する女の言い分がお門違いだということを、淡々と突き付けた。女本人は分かっているだろうと思った上で、真正面から否定して更に皮肉な責任転嫁をしてまで、多少理不尽な程度に。
ここで女は、拳銃を構えているその腕を、少し縮こませてしまった。
「貴女は、僕に影を奪いつくされたら死んでしまいます、さっきみたいに。既に二人…いや、貴女が言ったように、貴女以外全員そうなったでしょう?」
だが青年には、これ以上の事を言うつもりはなかった。
「でも、僕はもう何も言えません」
「は…?」
次に何を言われるのかと身構えていた女は呆気にとられるが、青年の言葉を聞こうと意識を集中させた。
次に青年の口から紡がれた言葉に、先程のような冷酷さは感じられなかった。
「僕とこの娘を、貴女達の家に置いてもらいたいんです。それだけのお願い。ここの大金庫的な部屋のお金は、殆どそっくりあなたの物みたいなものでしょう?そうすれば、妹さんにもいい義足を買ってあげられるはずです。勿論、無償で住ませろとは言いませんから」
所で、ごめんなさい…
前回の後書きで、
『次回の投稿で能力出します』
とか書いたくせしやがってぇぇ?!!
全っ然書いてませんっ!
この序章(的な?)部分が終わったら、投稿します。