ある夜・天候→曇り 建造物内 壱
「嗚呼、なんで僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ……」
青年は、誰にも聞こえない声の大きさで、そう呟いた。
「(何時だってそうだ。不当に怒られた時、お菓子を盗られた時、財布を忘れた時。そして、
今、この様な時。僕は只空腹なだけなんだ。自分の指を噛み千切って喰らおうとする位にはね)」
青年は半円状に銃口を並べられ、向けられていた。
5日は食べていない青年は、極度の空腹に陥っていた。そのため、サンドイッチを一つ、それも薄いものを盗ったのだ。
それだけ、ただのそれだけで、合図一つで蜂が気に入りそうな穴を全身にくまなく開けられそうになっている。
青年がこの建物の中に連行されてきたときに確認したことだが、壁の材質は遮音性・防音性にすぐれ、銃声なんて外には漏れないだろう。
恐らく、この連中は幾度となくこの建物の中で銃を使ってきたのだ。青年はそう考えた。
数人が拳銃の銃口にキリキリと消音器を装着しだす。
「なぁ、お腹空いたかい…?」
青年は自分の手に声をかけ始めた。
「おいおい、ふざけるなら死んでからにしなぁ?そうすりゃ誰にも文句言われずにふざけられるからな?」
ドッと周囲の者たちが笑う。この環境下で、まぁマトモなギャグが口をついて飛び出すこともない。
青年は、頭取的な男からの挑発的なセリフと近づいてくる足音を全く意に介していないようだった。それどころか、聞いてすらいない様子だ。
「てめぇ聞いてんのか?返事くらいしろ呆けがぁぁ!」
頭領が頭を沸かせ、青年の襟首を掴んでぶん殴った。
ゴッ、と鈍い音とともに倒れる青年。
また笑い声が漏れた。彼はキレやすいことで知られているのだ。部下達は、今回の様にとっ捕まえてきた奴がこうしてボコボコにされるのを楽しみにしている節があるのだ。
「まだ返事もしねぇのかっ!もう一発殴られてェんだなぁ?!」
また拳を振り上げる。眉間をまっすぐ狙ったその拳は、
『触口、良し。』
何故か外れた。地面に倒れ込んでいるのを、馬乗りになって殴ろうとしていたのだ。外すほうが頭のおかしい話だ。
クチャ…ボリッポリッ……ゴキグキキ…
液体を内包した、柔らかい何かが繰り返し潰される音がする。それと同時に、硬い何かを無理やり潰す音も。
頭領はもう一度、拳を振り上げて殴ろうとしたが、拳を勢いよく引いたときに、顔に何か液体がかかる感触を覚えた。
生暖かく、どことなくヌロヌロした感じ。仄かに鉄臭い。
青年が、起き上がった。そして、自分の血を顔に散らしてポカンとしている頭領に向かって、いった。
〚御馳走になります。〛
頭領が最後に見聞きしたもの。それは、青年の全身から伸び、迫ってくる何か。そして、肉・臓物の尽くを喰い破る音と、骨が喰い砕かれる音だった。