文化祭編8-10
母さんと神音さんはクラスの喫茶店で話すと言っていたのに、一変して教室から出ていった。
なぜ急にここで話すのを止めたのかはわからなかったけど、僕と神無に気を遣ってくれた様な気がする。
とりあえず知り合いはもう来ないだろうし、今は気にしないで接客に集中することにしよう。
「お久しぶりです、入った時に挨拶をしようと思っていたのですが大変そうだったので」
「あ、お久しぶりです」
もう知り合いは来ないと思っていたら一ノ瀬さんのお付きの東雲さんが既に教室で紅茶を飲んでいた。てか、さっきのやりとりを見られていたのか
「一ノ瀬さんの所はもう行ったんですか?」
「ええ、もちろんです。色々な展示物があり、中々面白かったですよ」
「そうなんですか。僕も後で行ってみます」
「はい、麗様も喜ぶと思います。
そういえば、あちこちにポスターが貼られていますが今日は劇をやらないんですね。私は出し物よりも劇の方が気になっていたのですが」
「生徒会の劇は生徒に楽しんでもらうためのものなので、毎年一般公開はしていないんですよ」
最初は僕達の代からは一般解放の日も劇をやることにしようと言う意見もあったがクラスの出し物との兼ね合いで厳しいということもあり、例年通り、一般公開なしの日に一回だけになった。
意図した物ではなかったが劇で告白の返事をすることになった今の状況では一般公開日にやらずにすんで本当に良かった。
「まあ、麗様に聞いていてそれは知っていたんですけどね」
東雲さんは僕をからかうように、クスクスと笑っていたがすぐにまた真剣な表情に戻った。
「私は見ることはできませんが頑張ってください。もう答えは決まってるんですよね?」
「はい、決まってます」
「なら良いです。一番良い結末は付き合うことですが、一番良くないのは振られることでは無くて返事を有耶無耶にされることですから」
「ええ、そうですね」
「じゃあ私はこれで帰りますね」
それだけ言って東雲さんは教室から出た。
その後も僕たちの喫茶店は大盛況で売上も雪さんのクラスの男装喫茶に2倍以上の差をつけて1位だった。
「おお、やったね」
「でも明日の売上は相当低いだろうし、2日の合計で1位はとれないかもね」
「たしかにそうだね。本当に午前だけの営業で良いのかな」
「まあ、それは仕方がないでしょ。接客で劇を見れない人がいるのは可哀想だし」
会田さんは当たり前のように言ったが本当にそれで良かったんだろうか。
僕達のクラスは接客をやっている人が劇を見れないのは不平等だという意見が多かったのもあり、満場一致で喫茶店の営業は午前中のみということになった。
僕としては恥ずかしいからあまり見にきてほしくはないが、その時間の接客を任せるのも申し訳なかったので同意するしかなかった。
まあ、ここまで来たら気にしても仕方がないので考えないようにしよう。
寮に戻り、台本の最終確認を行う。台本は全て頭に入っているが、3日前にかなり修正が入ったし、確認しすぎということはないだろう。
僕の演じるところはほとんど修正されていないが神無の役柄はかなり変わった。元々の神無の役はただの銀髪の令嬢だったが、生まれつき目が見えないピアニストに変更された。
これは何日か前に一ノ瀬さんが提案したもので、最初はこの変更の意図が全くわからなかった。
だが、変更された台本を見ていくとその理由はすぐに理解できた。
神無が演じる役を目が見えない女性にすることで真っ黒なサングラスを劇中で自然に掛けることができ、告白の返事をする最後のシーンまで、僕と目を合わせなくても違和感が無いようにしたようだった。
一ノ瀬さんの粋な計らいと直前にも関わらず台本を大幅に書き直してくれた雪さん、台本を覚え直してくれた神無には感謝の気持ちしかない。
僕に出来るのはその三人の協力に報いるために、自分の全てを出せるように頑張ることだけだろう。
結局、昨日は夜遅くまで台本の確認と練習で眠ることはできなかった。
まあ、もし練習をしていなかったとしても緊張で寝れなかっただろうし睡眠不足には違いなかっただろう。
午前中の喫茶店の接客が終わり、劇に出るために着替えをしていると雪さんが、心配そうに聞いてきた。
「優、本当にこれでいいの?」
「この格好、おかしいですか?」
「おかしくは無いのだけどウィッグまで外すことはなかったんじゃない?いつもの姿でもそんなに違和感は無いし」
「いいえ、なるべく僕の素の姿のままで出たいですから」
この学校で一度も外したことのないウィッグを外して準備はできた。
後は劇を成功させて告白の返事をするだけだ。




