ルート9 宝箱を抱え保健室でデートの約束をする
「あ、あのアース君。その宝箱、私のと交換してくれない?」
「いいよ? でもこれ――」
「ありがとう」
おもいきってアースに頼んだ僕は、彼の何か言いたげな様子を遮り自分の宝箱と交換した。
僕は自分の机の上にミミックと思われし宝箱をそっと置いた。ウォーマの様子を窺う。
ウォーマが宝箱をじっと見つめると宝箱はカタと微かに動いた。
(こ、これは)
確かにただの宝箱ではなくミミックのようだ。でも、どうしようか。周りに気づかれないように持って帰りたいけども。
しばし、うーんと考えたあと僕は手を挙げた。
「先生、あの、私具合悪くて保健室に行きたいんですけど、宝箱は宿題として持って帰っちゃダメですか?」
これで断られたら保健室でウォーマと対策を練ろう。うん、そうしよう。ウォーマがミミックから離れたくないのなら保健室に行くふりをして教室の近くでこっそりウォーマと話してもいいし。
僕が企んでいると、先生はあっさり許可を出してくれた。
「ほいほい、わかった。行ってきな。一人で行けるか? 保健委員に付き添ってもらうか?」
「一人で大丈夫です。すみません」
僕は宝箱を抱えて急いで廊下に出ようとする。
「え、おい、それ持っていくのか? 机の上に置いとけよ。誰もとりゃあしねぇよ!」
先生がぎょっとして僕に忠告してくれる。
でも僕はそれを振り切った。宝箱をギュっと抱えたまま先生に向かって叫ぶ。
「すみません。先生。何か抱えている方が具合悪いのが治まるんです! この姿勢が楽なんです!!」
先生はなにやら驚いたようで「お、おお」と呟き、気を取り直して僕に声をかけてくれた。
「あんまりひどいなら早退してもいいからな」
ひょろひょろ先生の意外と優しい言葉に僕は目でお礼を言って保健室に駆け込んだ。
「ふえーん、すみません。ウォーマ様!!」
ミミックは子供のような声でそう言った。
保健室は誰もいなくてガランとしていた。そのおかげで僕たちは自由に会話ができる。
「わかったから泣くな」
「す、すみません。僕、寝ちゃってて、っひっく。いつの間にかここで」
ミミックが泣きながらも一生懸命にウォーマに説明する。
眠っていたため、魔物だと気づかれないままどこかの冒険者に拾われたらしい。そして巡り巡ってなぜか宝箱としてこの学園に渡されることとなったようだ。
「宝箱に間違われて授業の題材にされたわけか」
「はぃぃ」
ウォーマはふぅと息を吐く。
「しょうがない。ダンジョンにお前をテレポートさせて、代わりに適当な宝箱をこっちに移動させよう」
「ありがとうございますぅぅ。ウォーマ様ぁ」
ミミックは感動してウォーマに何度も頭を下げる。その度に宝箱の蓋のような部分が胴体部分に当たってカツンカツンと音を立てる。
だけど、そんな事ができるならわざわざ保健室に行くこともなかったのかな。
と、考えた時だった。
ガラッとドアの開く音とともに茶色の髪が見えた。
「ソプラノさん、具合大丈夫?」
たれ目イケメンアースだった。手には髪と同じく茶色の本を持っている。
んーー!! まずい。僕は急いでミミックを自分の体で抱きかかえた。ウォーマも僕の肩に乗って白い毛並みを逆立てて警戒している。
僕はアースの目を見ながら、こくこくと自分の首を縦に振った。
アースは安心したように笑うと僕のすぐ隣に腰掛けてきた。
「それならいいけど、その宝箱見せてもらってもいいかな?」
「え、なんで?」
僕が動揺した声でそう言うとアースはたれがちの目を細めた。そして僕の腕で抱えているミミックに視線をやる。
「それってもしかして宝箱じゃなくてミミックだと思うんだけど」
――その通りです。
なんでわかったんだろう。先生ですら気づかなかったのに。
僕が黙り込んでいるとアースは「見せてくれないの?」と笑った。
ど、どうしようとちらりとウォーマを見ると、ウォーマはつぶらな瞳をきゅっと引き締めてアースを見ていた。
赤髪イケメンのルビーや金髪長身イケメンライトは思ったことをはっきり言うタイプだからわかりやすい。顔や態度にもでるし。
だが、アースはにこやかな笑みがデフォルトで感情がつかみにくい。
にこにこにこと今もこちらを素敵な笑みで眺めてらっしゃる。
わ、わからん。どうしよう。
「困らせてるみたいだね、ごめんね、もう聞かないよ」
アースはいつもの微笑みにいつもの穏やかな声でそう言った。
僕は拍子抜けして彼を見た。ふと、思いついたようにアースは言った。
「そのかわり、今度デートしない?」
「え」
な、なに言ってるんだろう。僕はいきなりの事に困惑し、まじまじとアースを見てしまう。
アースはふと笑い「嘘だよ」と言った。
「じゃあもう俺行くね。保健委員だから君の様子見に来たんだけどそろそろ帰らないと」
ああ、そういうことか。だから、わざわざここまで見に来てくれたのか。
「ありがとう、来てくれて」
僕がそう言うと彼は笑みを深くした。
「うん。そうだ、この本ソプラノさんに貸すよ」
その本には見覚えがあった。ダンジョンに行く前に書店に寄った時、アースが手にしていた本だ。
「凄腕のシーフが書いた本みたいだよ、それ。宝箱の開け方が詳しく書いてあるから、宿題に役立つんじゃないかな」
「あ、ありがとう! アース君」
僕は笑顔でお礼を言った。我ながら現金だけど、これで本物の宝箱を開ける時の参考になる。宿題にしてしまったから、いろんな意味で不安だったのだ。
アースは笑みの形のまま口を開いた。
「ミミックの見分け方も書いてあるし」
「は、はは」
アースの言葉に僕は乾いた笑いを漏らした。
どこまでバレてるんだろう。なんでミミックに気づいているのに流してくれてるんだろう。
僕はアースの事が知りたいなと思った。それと同時に攻略の事が頭に浮かんだ。
「アース君! やっぱり今度デートしよう!」
僕が勢いよくそう言うとアースは目を見開いた。
「本当!?」
彼はとても嬉しそうな声で笑った。その笑みはいつもと違ってびっくりしたような嬉しいような、いつもよりも感情があふれでた笑みだった。