ルート6 ダンジョンに行く前に髪を結んでもらったがくすぐったい
今日は学校が休みだった。
「ソプラノちゃん、今日はダンジョンに行ってみてもいい?」
ウォーマがつぶらな瞳をこちらに向けた。
「ダ、ダンジョン!?」
僕は予想だにしなかった言葉にびっくりした。
「うん、ちょっと気になることがあって」
「そ、そうなんだ、じゃあ用意するよ」
僕はクローゼットを開け、服を選んだ。
(本当は一日家の中でウォーマとくつろぎたかったんだけどな)
だけども、ウォーマのせっかくの希望だ。それに冒険もののゲームではよく出てくるダンジョン。それがどんな感じかは興味がある。
ダンジョンに行くならと、僕はなるべく動きやすい服を選んだ。
ピンクの髪を一つ結びにし、ズボンにインナー、その上には丈の短い濃い目のピンクのジャケットを着る。バックも腰に巻き付けるタイプのものを選んだ。
着替え終わってウォーマに見せた。
「可愛い……それにちょっとカッコいい! うん、なんだか今日のソプラノちゃんカッコいいよ!!」
「そっかな、ありがとう」
可愛いと言われるのもカッコいいと言われるのも照れくさいけど嬉しかった。
では、いざ!!
黒のブーツを履き、肩の上にウォーマをのせ僕たちはダンジョンに向かった。
……のだが。
「あれ? ソプラノさん?」
片手に茶色のカバーの本を持った人物に声を掛けられた。
(……しまったぁ)
どうせ外に出るならと少しだけ書店に立ち寄ったのがまずかった。
「ア、アース君……こんにちは」
僕は顔を引きつらせながら声をかけてきた人物に挨拶をする。
その人物――茶髪イケメンのアースは、ライトほどではないが十分に長身でスマートな体を私服で包んでいた。
アクセサリーは一つもしていない。
白を基調とした服に茶色のジャケットを羽織ったシンプルな着こなし。
だが、そんな自然体な恰好がかえって彼の魅力を引き立てていた。
「思ったよりスポーティーな私服なんだね」
アースは僕を眺めてそう言った。
「そ、そっかな」
「うん、結構好きだよそういう系。でも、ソプラノさんなら大人っぽい恰好も似合うんじゃないかな」
「そ、そう? ありがとう」
よくわからなくてあいまいな返事をする。
「あ、ごめん。大人っぽい恰好は俺の趣味だから。……気にしないで?」
そう言ってアースは、さわやかに笑った。
すると、僕の肩の上にいるウォーマがフワフワの体を押し付けつつ僕の耳元にささやいた。
「アースはお姉さん系の恰好が好きなんだね、覚えておいた方が攻略に役立つかも」
目でウォーマと頷き合った。
そうだよね。怯えてばかりでなく攻略のための情報を集めてみた方がいいよね。
「何の本を読んでいるの?」
僕は自分を奮い立たせてアースの左隣に立った。
「これ? 秘密」
そう言いながらアースはニコニコとお日様のように笑った。
ぐっ。多分この笑顔に女の子たちはやられるんだろうな。
アースはいつも穏やかに笑っているが、その分何を考えているかよくわからない。
仕方なく僕はアースの持っている本を盗み見る。
それに気づいたアースがまた心地のいい低音で「あはは」と笑った。
(本当よく笑うよな。笑うと健康にいいっていうし長寿タイプだろうなぁ)
僕はこれ以上いてもアースのペースに振り回されるだけだと思い「じゃあ、またね」とだけ言い本屋を立ち去った。
街の通りを歩いているとふと違和感があった。
なんだろうと思った瞬間ウォーマの声が僕の肩から飛んできた。
「ソプラノちゃん! 髪ゴム落としたんじゃない?」
僕は首元に意識を集中させる。
首筋にかかる髪の毛の感覚に思わず、「あ!」と声を漏らした。
そうだった。ダンジョンで動きやすいように髪の毛を括ってきたのだ。
まぁ、ないならなくてもいいけども。でも、どこで落としたんだろう。
街の通りの隅の方で立ち止まって考えていると、首筋にひやりとした何かが当たった。
え、なんだろう。僕は身をすくませる。
「動かないで」
優しく心地のいい低音ボイスの持ち主はすぐにわかる。さっきまで話していたからだ。
どうやら僕のうなじのあたりをもぞもぞと動いているのはアースの手らしい。
(く、くすぐったい)
僕の耳のあたりや首筋をアースの冷たい手がなぞる。
気持ちがいいような、くすぐったいような感触に僕は体を震わせてしまう。
耳の裏や頭皮をアースの指が行ったり来たりしてぞくぞくした。
首筋にも指を這わされて思わず体をしならせる。うう。いつまで続くんだろう。
ふふっ、とアースが笑った気がした。
「できたよ」
アースが目の前に立っていた。
「髪ゴム、お店に陳列されている本の上に落ちてたよ」
「あ!」
僕は間抜けた声を出した。
「髪の毛初めて結んだから、思ったより手間取ったな」
にこりと首を傾げてアースが笑いかけてきた。
僕は両手で自分の頭を触ってみる。これといって変な感じはせず、綺麗に結ばれているのがわかる。
「ありがとう、アース君」
「どういたしまして!」
ゴムを手渡してくれたら自分で結んだのになとも思ったが、せっかく結んでくれたのだし、まぁいいかと考えた。
二度目の別れをアースとした後、今度こそウォーマとダンジョンを目指した。
「届けてくれたのはいいけど、わざわざソプラノちゃんの髪に触ってくるなんていやらしくない?」
いつもより棘のある言い方をするフワフワウォーマは僕の肩の上でピョンピョンと丸い体を弾ませた。
きっと、髪をいじられている時に僕の肩からおりなきゃいけなかったのがウォーマは気に障ったのだろう。
そんなに僕の肩を気に入ってくれたのかと僕は愛おしくなりウォーマを抱きしめた。
「ちょっ、ソプラノちゃん?」
ウォーマは真っ白な体を赤く染めた。
――しかし、ウォーマはダンジョンの何が気になるんだろう?