ルート44 化粧をして黒のドレスに身を包み、僕は一歩踏み出した
「ソプラノ様、こちらへ」
三人組の前での演技とはうって変わり、騎士風の身なりをした狼男が僕の手をとり、優しく誘導してくれた。
壁には松明が灯り、住みやすいように手が加えられている洞窟の奥深くへと潜っていく。
少し入り組んだ場所にある、机や椅子や鏡が配置された綺麗な個室へと案内された。
そこにはダンディボイスの真っ黒なリボンをつけたスケルトンがカタカタと体を揺らしていた。
「ソプラノのお姫様、いよいよ今日ねん。どう? やれそうかしら」
「スケルトンさん……。うん、なんとかやってみます」
「うふん。そう、あまり無理しないようにね」
そう言った後、スケルトンが個室のさらに奥の方へと姿を消した後、白のドレスを骨で器用に摘まみながら持ってきた。
「わぁ、花嫁さんのドレスみたい」
「色は他にも黒や赤もあるんだけど、どうする?」
「黒や赤もあるんですか! えーと、どうしよう」
(正直鏡を見ると、ピンクの髪のソプラノには白が似合う気がするんだけど……)
「うーん、でも」
「どうしたのん?」
「黒も……結構好きだな」
カタ……とスケルトンの骨がわずかに揺れる。
「黒にしてみる?」
「ん、んー。……はい。黒でお願いします!」
「りょーかい」
スケルトンはダンディな声で耳元に手をやり「黒で」と誰かと会話していた。
大きな机の引き出しから入れ物を取り出したスケルトン。
「なんですか、コレ」
「せっかくだから、お化粧もしてみましょ」
目をつむると、スケルトンが丁寧に僕の顔に色をのせていってくれた。
「ソプラノ様可愛い!!」
「本当! 可愛いですよぉ。ソプラノ様!!」
いつの間にかスライムとミミックが僕の周りに集まってきていた。
それぞれピョンピョン、カツンカツンと音を立てながら跳ねていて、むしろ君たちの方が可愛いけどなと思った。
「辛くはないですか? ソプラノ様」
「馬鹿、化粧中に話しかけるなよ」
「いやぁ、だが心底可愛いなぁ。ウォーマ様も驚くだろうね」
三人組との戦闘に行っていた狼男たちも僕の様子を見に来たようだ。
「あらん、全員来てよかったの? あの勇者ちゃんたちのお相手はしなくて大丈夫なの?」
スケルトンが少し手を止め、狼男たちに問いかけた。
「ゴーレムが代わりに相手してきてくれたから抜けてきた」
「そうなのん、あとでゴーレムの旦那にお礼言っときなさいよ」
「わかってる」
「まぁ、こんなに可愛いソプラノのお姫様を見たいって気持ちはわかるけどね」
「ばれたか」
はははと狼男とスケルトンが笑っている中、キキキと音を立て蝙蝠たちが部屋に入ってきた。
クルリと大きく旋回すると、今では見慣れたアイドル顔の吸血鬼へと変身した。
「ソプラノ様、綺麗」
「ソプラノ様、素敵」
「ソプラノ様、美し」
三匹とも僕の周りを囲むように、それぞれ体を近づけながら見つめてきた。
「ありがとう」
僕は彼らに微笑んだ。
「あ、そうだ。これどうぞ」
僕はバッグに入れてきたお菓子を取り出した。
いつもお世話になっているお土産代わりだ。
「わぁい! ソプラノ様ありがとう!」
「これ好きです。ありがとうございます!」
「俺らも貰っていいんですかね。ありがとうございます」
「あらん、じゃあ私もひとつ。いただくわねん。ソプラノのお姫様ありがとん」
「菓子、美味し」
お店で買ったやつだけど、モンスターたちに手渡していくと皆喜んでくれた。
「レベル上げ手伝ってくださってありがとうございました」
僕はお菓子を食べている皆に頭を下げた。
顔を上げると、みんな暖かい笑顔を返してくれていた。
僕はもともと着ていた服やバッグを置いている棚に目を移す。
(どうしようかな)
最近スカートの中に入れていたけど、なんとなく今日の服にも入れてきてしまった。
コンコンとノック音がした。
「準備はできましたか」
相変わらず優美で整った顔をしたダークエルフが部屋に入ってきた。
浅黒い肌の彼は、部屋の中をくるりと見回した。
「なんだ、皆いるのか」
「いちゃ悪いか」
ダークエルフの言葉に騎士風の狼男たちが、揶揄るようにそう言い二カリと笑った。
「準備はできているわよ」
リボンをつけたスケルトンが満足気に言った。
僕は、鏡を見る。
(わぁ、可愛い。お姫様みたいだよ、“ソプラノ”)
肩の開いた黒のドレスに僕なんだけど、ちょっとだけまだ他人事のような気がする外見が、鏡の前で綺麗に着飾っている。
「ソプラノ様、ウォーマ様の所まで私が案内いたしましょう」
「わぁ、ありがとうございます」
鏡の前の僕の隣に、浅黒い肌の色男が並んだ。
「花嫁の父のような気分です」
「ああ、本当だ。でも黒のドレスだし、ちょっとだけ違うかも」
「では、白のドレスでウォーマ様とご結婚される時も、私めが代わりに御父上の役目をしてもよいでしょうか」
前の世界では、まぁいろいろあったけど置いておいて。この世界ではなぜだか父の姿も、母の姿もなかった。
なんだか僕は少しだけ泣きそうになってしまった。いけない、せっかく化粧してもらったのに。
「……はい。その時は、よろしくお願いします」
(ウォーマの事は大好きだけど、結婚したりできるのかな。もしできたら素敵だな……)
ダークエルフは目元を優しく緩め僕に応えるように、僕の手をゆっくりと引っ張った。
「お綺麗ですよ、ソプラノ様」
「ありがとう、ダークエルフさん」