ルート20 白い服を着た王子様
「う、ウォーマ?」
僕はとつぜん現れた非常に美形な黒髪の男に聞いた。
「ん、僕だよ。ソプラノちゃん」
いつものウォーマの声じゃない。聞きやすく甘くてカッコイイ男っぽい声だった。
僕は目の前の男をしげしげと眺めた。
飾りのついた白いマントに王子のような白い服。髪色だけが艶やかに黒く目に映えた。
「ウォーマ王子様みたいだね」
「そうだよ。僕はソプラノちゃんの王子様だよ」
男が涙の残る大きな瞳をキリリと細ませて、からかうように笑った。
ウォーマの瞳から少しだけ涙が零れる。
「でも、僕を置いてどこかへ行っちゃうんでしょ?」
僕が責めるように言うと、ウォーマは切なそうに顔をしかめた。
「ごめんね。ソプラノちゃん」
聞きなれない彼の男らしい声が耳に甘く圧し掛かった。
「嫌だよ! 行かないでよ!!」
僕はウォーマを見つめてウォーマの体に抱き着いた。
細身に見えるが体は厚みがあり背はひどく高かった。
「ウォーマ!!」
僕が悲しくなって声を上げると、ウォーマは僕を力強く両手で抱きしめた。
「ソプラノちゃん、僕も離れたくないよ!!」
だけど、目の前にいるウォーマの姿は薄く透けていき、消えようとしていた。
「ウォーマ、ウォーマ!! 行っちゃやだよ!! ウォーマあ!!」
「ソプラノちゃん!!」
僕は混乱してウォーマを手で捕まえようとする。だけど、その手はウォーマを掴むことはなかった。
ウォーマの姿が消えた。
僕は呆然として、その場にすとんと座り込んだ。
「ウォーマ」
僕は口の中で呟いた。
辺りを見回す。
すっかり慣れ親しんだピンクを基調とした可愛い部屋。
だけどそこに必ずいたウォーマの姿はもうない。
ウォーマとゴロゴロしたり悩みを聞いてもらったり笑ったりしたベッドの上もがらんとしている。
空気が寂しい。
(ウォーマがいなくなっちゃった)
胸がドクドクと鳴る。気持ち悪くて吐き気がした。
自分で顔が歪むのがわかる。
「ウォーマ、やだよ。っひっく。うぅ。ウォーマぁ」
ポロポロと落ちてくる涙を両の手でごしごしと乱暴に拭く。
「うぅ、ううっ」
ウォーマの白くてフワフワな体が頭に浮かぶ。
(いつだって僕を元気づけてくれて、そしていっつもウォーマは僕と一緒にいてくれて――)
僕は床に手をつき呆然と視線を漂わせる。
――――――――――。
「うっそだろ」
聞き取りやすく男らしい声が聞こえた。
僕は弾かれたように声の方を向く。
白いマントを着た男が気まずそうに僕を見た。
男は照れたように笑った。
「ウォーマ!!?」
「は、ははは――。どうやらまだ条件が整ってなかったみたい」
黒髪をしたウォーマがカラッと笑った。
僕は自分の顔が自然とほころぶのがわかった。
「どうしたの!? ウォーマ!!」
声が弾んでウォーマに笑いかける。
「ソプラノちゃんの好感度を上げるスピードに、三人の育成が追い付いてなかった」
とても背が高く白い服をカッチリと着こなしている黒髪の男はあっさり笑う。聞き取りやすい男の声は耳に優しく僕が好きな声質だ。
「どういう事?」
僕が聞くとウォーマは教えてくれた。
「絶望ルートに行くためにはある程度三人も魔王に挑めるくらいの強さが必要なんだけど」
「うんうん」
僕は相づちをうつ。
「今のままだと瞬殺しちゃ――」
「?」
「じゃない、瞬殺されると思う」
ウォーマはすらすらと説明していたが、何か間違ったのか顔を引き締めて言いなおした。
「好感度はそうそう下がる事はないから、このまま三人が強くなるまで家で寝て日が経つのを待つのもいいけど」
ウォーマは僕よりうんと高くなってしまった体を傾け、口に手をやる。その仕草が少しだけ白いフワフワのウォーマの姿に重なる。
(――寝て待つ)
ウォーマと一緒ならまぁそれでもいいかもしれないと僕は思った。
「だけど、あいつらソプラノちゃん好き過ぎて魔王倒すのどうでもよくなってそうなんだよな」
ウォーマは額に手をやりため息をつく。
「どうしたらいいの?」
僕が聞くとウォーマは形のいい目をさまよわせ考えた。
「ある程度の強さになるまで三人を育成したらいいと思う」
男らしいはきはきとした声でウォーマは言う。
「育成?」
「うん、だから今まで以上にあの三人に近づかないといけなくなるけど」
「そ、そっかぁ」
ようは普通のRPGもののゲームみたいに三人を育てたらいいのかな。
「僕にできるかな」
「ソプラノちゃん、大丈夫だよ」
僕がそっと呟くとウォーマは低い声でフワフワのウォーマの時のように僕を励ましてくれた。ウォーマは目を緩ませ形のいい笑みを浮かべている。
「ソプラノちゃん」
ウォーマが僕の方に端正な顔を近づける。艶のある漆黒の髪がさらりと揺れる。
「うん?」
「もう少しだけ一緒にいてください」
「ずっといたらいいのに」
僕とウォーマは笑い合った。
ウォーマと別れるその日まで僕はウォーマとの毎日を大切に生きようと思った。
――そうして、この日から僕はますますあの三人に愛される日々を送る事になる。




