ルート10 服を買いに出かけるとイケメンに挟まれた
「服がない!」
僕は自分の部屋のクローゼットを開けて固まった。
いや、ある。全くないという事はない。
僕が買いにいったわけでもないのに、もともとクローゼットの中に備えてあった服はある。
学校の制服や、可愛いタイプの服や、この間ダンジョンに潜った時のような動きやすい服はある。
――だけど。
「大人っぽい服がない」
まずい。
アースとデートの約束をした。それならせっかく手に入れている『アースは大人っぽい服が好き』という情報も活かしたい。
ウォーマがピョンと僕の肩に飛んできた。
「買いに行こう! ソプラノちゃん」
「だね!」
幸い、このゲームではお小遣いが一か月に一度もらえる仕組みになっている。元の世界とは違う形の硬貨を握りしめ、僕はウォーマと頷き合った。
かくして、僕らは街へと降り立ったのだが――。
「あれ? ソプラノじゃん、何してんの?」
「ソプラノちゃん!! 嬉しい! こんなとこで会えるなんて! 俺たちもしかして運命で結ばれてる!?」
金髪長身イケメンと赤髪イケメンが並んで歩いていた。
うわぁ。逃げたい。
金髪イケメンのライトは珍しく今日は髪を結ばずにおろしていた。さすがイケメン、セミロングを流しただけの姿も様になる。
赤髪イケメンのルビーはサングラスを右手で持ち上げこちらを見ている。シルバーの指輪やネックレスをくどくなりすぎない程度にオシャレにつけている。
(は、派手だ)
周りにいる人々がちらちらと彼らを見ているのがわかる。
怖い。イケメン怖い。逃げたい。逃げよう。
僕がくるっと踵をかえし逃げ出そうとすると、両肩をそれぞれに掴まれた。
「どこいくの、ソプラノちゃん」
「せっかく会ったんだから飯食うなり、なんなりしようぜ」
そう言ってイケメン二人に僕はサンドイッチの具のように挟まれた。
「いらっしゃいませ」
ウェイターさんに案内されて丸いテーブルにつく。
僕の両脇にはルビーとライトが座っている。
(もう帰りたい)
来たばかりだというのに僕は意識の抜けた顔でぼんやりとテーブルを眺めた。
目の前には僕らが頼んだジュースと少量のお菓子が並んでいる。
(一人でも手一杯なのに二人も相手できないよ)
そんな僕の気持ちも知らずに二人は楽しそうに話しだした。
「魔王早く倒したいよな、っつーか、モンスター倒したい」
「わかるわかる」
「早くレベル上げしたいわー」
「てかさ、授業進むの遅くね?」
二人が僕をはさんで会話する。
僕は上手く話せるタイプじゃないし、自然両隣の会話で盛り上がる。
これ、僕いる必要なくないかと思っていると、右隣にいるルビーがぐいとこちらに身を寄せてきた。
「ごめんね。誘ったのに俺らだけで話して」
「う、ううん、いいよ。全然、二人で話しててくれて」
僕がルビーの方を向いて愛想笑いをすると、左隣のライトの体がぐっと背中に当たった。
「つか、遠慮せずに話せばいいんだよあんたも」
僕は非難されたのかと思い、少しビクッとしてライトを振り返る。すると、彼は別に怒った風でもなく当然のことを言っているという面持ちだった。
ライトは首を横に傾け笑った。サラサラの髪が流れていい香りがする。
「あの時の、なんだっけ。そうだ! 魔法の授業の歌良かったじゃん」
僕は褒められたことに少し照れて下を向いた。
「そ、そっかな。ありがとう」
そうしていると右側に座っているルビーが明らかに苛立った声をあげた。
「お前なんか、指先に光出すだけだったもんな」
そしてルビーは僕の肩を抱いてニコッと笑った。
「ソプラノちゃんの歌マジでよかったよ。今度、俺聞きたいな。二人だけの時に」
ルビーは意地悪そうな顔つきを甘ったるく歪めて、僕をねっとりと見つめた。
僕は顔をひきつらせた。
「はぁ? お前だって火をちろっと出しただけじゃん。あんなんでどうやって魔王を倒すっつーんだよ」
その様子を見て、今度はライトが不機嫌そうにしている。
僕は今度こそ逃げようと思い、赤くて甘いジュースを一気に飲み干した。お金だけ置いてささっと席を立った。
「こっちの服の方が絶対似合うって」
「いや、こっちだから」
気配を殺して二人から離れたはずだったのだが。
なぜか、二人が僕の服を選んでいる。
外出しているため大人しくついてきてくれているウォーマをちらりと見た。ウォーマもげんなりした様子をしていた。
「おわかり? こういう可愛い系の服がソプラノちゃんの魅力をさらに引き立てるんだよ。もちろん今日の服もすごく可愛いけど。むしろ、可愛すぎてヤバいけど」
淡いピンクや水色のフリルがたっぷり使われている服をルビーが抱えている。
今日の服違うの選べばよかった。
「いやいや、こっちだろ。ほら、あんたもそう思うよな?」
ライトが僕の方に自分が選んだ服を見せる。動きやすい恰好のものや、少し男っぽくカッコイイ感じの服だ。もともと男だったのでカッコいい服装は僕も好きだ、だけど。
「あの、私、服を選びたいから一人にしてほしいんだけど」
彼らに付き合ってすっかり疲れていた僕はいつもより低い声でそう言った。
僕の微かな怒りに気づいたのか二人は目を合わせてほんの少し後ずさった。
目当てのなるべく大人っぽい服を選んだ僕に二人は「そういうのもありっちゃありか」「いやでも、うーん」とぶつぶつ言っていた。