Fact side
イラストを次の話に投稿します。
良ければ次話も見に来てください。
暗闇に紛れ、歪な悪魔が現れるかもしれない逢魔時。
静寂とひとつまみの哀愁に満ちた、闇が蔓延る一日の終わり。
やがて明日になれば日は登って光がさすのかもしれないが、今はただ、点滅する古びた電灯の薄明かりも相まって時の進み具合がまるで遅いかの様に錯覚させる中、耳煩く酷く醜い男たちも、運悪く遭遇してしまった少女も、もうこの公園には居なかった。
その中央に転がるのは、傷を負わされた三匹の猫。
地に伏し重症ゆえに気を失っているが、その中のある一匹だけ。
か細く震えながらも、ゆっくりと首を上げる猫がいた。
白雪ような美しい白銀色の毛並みが、泥と血で赤黒くく染まってしまった猫。
暗い闇の中、弱々しく青い光を放つその相貌は、されど再び、力強い意志を宿そうとしていた。
その猫ーーーー彼女は賢かった。
襲われたと認識した瞬間、他の二匹を守るべく身を盾にし、攻撃をひとえに浴びた。
結果は一目瞭然、一番の重症者は彼女だった。
その華奢な体躯を起こし、彼女は立ち上がる。
己の状態を全て理解した上で、彼女は悟っていた。
自らの命が、ここで途絶えてしまうことを。
覚束ない足取りで、横たわる二匹の猫の元へ向かう。
何度も転び、地面を這いつくばりながらなお、もう見ることは叶わない顔を覗き込んだ。
大丈夫。生きている。
辿々しく弱々しいながらも、ちゃんと息をしている。
安否を確認した時、その何にも変えがたい嬉しみが、抜けきった彼女の血として流れ込んでくるようだった。
私が払った命は意味があったんだと、それはある種、
安堵にも似た感情だった。
それこそ、側で死んだように眠る少年には感謝してもしきれないと、彼女は彼に目を向ける。
彼もまた深く傷つき、か細い寝息をたてていた。
あの時、私は彼に助けを求めなかった。
彼女は死の間際で振り返る。
その真意は一つ、自分が弱者だと自覚したからだった。
嬲られ、踏みにじられ、嘲笑れる。
助けることのできない、助けられることさえ誰かを巻き込んでしまうなら、それはもはや何の意味もない。
そう、思ってしまったからだったーーーー。
限界という死が、着々と一歩ずつ影から歩み寄ってくるのを、彼女は感じている。
これが死ぬ前兆だろうか、視界がぼやけ、闇とともに意識が深く潜っていく。
少年の頬を舐め、死の間際で彼女は想う。
あの時の彼は、怒りに満ちていたのだろうか、悲しみに溢れていたのだろうか、暴力に呑まれていたのだろうか、
何故、助けてくれたのだろうかーーーー。
生憎朦朧とするわたしには分からなかった。
それでも、分からなくても、分からない程に、彼は私たちを助けてくれたことだけは分かる。
理由でも真意でも事情でもなく、その事実だけで私は他に何もいらないと。
日が完全に落ち、古びた電灯の灯りがまばらに点滅している
宵闇の上、まるで天に召されるようなその淡い光の下で、
ありがとうーーーー。
感謝を告げた一匹の猫は、安らかにその蒼瞳を閉じた。
◇◇◇
「残念ながらこの子、死んでますね」
眠る三匹の猫を保護し、警察署内に勤める老人の前まで連れてきた時、その警官に向かって、老人は慈愛のこもった年季のある掠れ声でそう言った。
「……そうですか。他の二匹は?」
3匹とも首輪は無い。しかしその猫は、野良ながらも元は美しい白銀色であったろうことは想像に難くなかった。
血と土のこびり付いた毛を撫でがら、警官は問う。
その死んだ雌猫に比べれば傷は浅いが、されど重症な他の二匹の容態は、まだ回復の余地があったからだ。
「命からがら、何とか息をしています」
「それはよかった……!」
心優しい警官は反射的に喜ぶが、反面、すぐにまた顔に影を落とした。
僅かながらも経緯を聞いた老人はその理由を察している。
先程、倒れていた少年は傍の少女と共に、後追いで駆け付けたもう一人の警官にタクシーで家まで運ばせた。
その時に目にした傷の具合から見ても、彼が猫たちを守るべく動いたことは間違いなかった。
当時、3匹とも息吹はあった。
それを見た少女は、嬉しさのこもった安堵の涙を流したのだ。
故に、その警官は悩んでいる。
一つの命が亡くなったことを、あの少年少女に伝えるべきか否か。
事実を聞かれれば答えるが、聞かれなければわざわざ伝える必要もないのではないか、と。
知らなければ良かったことなど、入社してから嫌というほど知ってきたその警官だからこそ、彼らに真実を伝えることは憚られた。
誠実に、されど思いやりのある心で。
そのまま一晩頭を悩ませ続けた優しき警官は、意を決した様に、
『一人女子高校生による、暴行を受けた三匹の猫の保護』
彼らの事情も引き合いに考慮し、そう報告文を打つのだった。
雰囲気、出せましたでしょうか……?