第三話「買物と温もりと」②
この話はかなり会話を書いた気がします。
あと、次話投稿まで1週間くらい開くかもしれませんので悪しからず。
日が差すうちに、目的のスーパーへと辿り着いた。
余談だが、寮付近にもそれらしきスーパーはある。
がしかしそれは城址院ブランドか、いかんせん値段が高い。
そもそも、ほとんどの生徒が毎日備え付けられた食堂を利用して飯を済ませている現状、家柄も普通で、特待生でもない俺にしてみれば、自炊するにも少し離れた普通のスーパーまで足を運ぶしかないのだ。
そりゃカップ麺で済ませたくもなるってばよ。
なんて、言ってる内に店内に入店するや否や、主婦層の喧騒と小粋なテーマ曲であるらしき歌がお出迎え。
ほーんこんな曲なのか……、なんてたまにしか来ない俺は歌詞やリズムに耳を済ませていると、隣から透き通った綺麗なハミングが追加される。
よく自炊するという白夜が、店の曲をもう覚えてしまっているみたいだ。
うんうん分かる。主婦とかにありがちだよね。
なんでスーパーのテーマ曲ってめちゃくちゃ耳につくん?サビでの店名の印象深さは異常。
などと適当にカードとカゴをひっくるめて白夜に続く。
思えば、よくこうやって母さんと2人で一緒に来てたような。そしてその都度カートをハンドル付きのスケボーに見立てて滑り回っていたような。
「って……」
ほら、ちょうど今、俺にぶつかってきたこいつの様に……。
「いってー!!!なんだよこのにいちゃん!!!」
……って何これ、俺ぶつかられてる?
俺と衝突しこけたのは、勿論この子供の方。
「まったく、じゃますんなよ!!!」
ぷんぷん怒るこいつ、よく見たら頭をぶつけている。
「おー、悪いな。大丈夫か?」
かなり面倒くさいが、ここは一つ大人の対応だ。
俺は屈んで優しく真っ赤な額を撫でてやる。
そうかそうか、それは痛かったよなぁ。けど俺も足、踏まれたんだけどね?
「お、はなしがわかるにいちゃんだな」
すると少年はみるみる上機嫌になり、嬉しそうに目を細めた。やだ、何この子可愛いんだけど。
白夜ににんまり見られて少しばかり恥ずかしくなりつつもその場で相手をしてやる事しばし。
「あ、かーちゃーん!!!」
その少年は母親を見つけ、台風の如く颯爽と去っていった。
去り際に、にーちゃん!つぎからはきをつけろよ!!と活気よく煽られる。うーん、悪気はないんだろうけど。やっぱ餓鬼だね、ちょっと無理かなぁ……。
と、尻目を下げて見送っていたら、必然、少年の母親と目があった。
遠くで少年を押さえて一緒に頭を下げるその母親。
俺と白夜もそれに合わせるように、軽く会釈を返す。
親子が背を向けた直後、あの少年はすぐさま母親に怒られているようで、ぐへへへ、ひひっ、ざまぁ。と謎の優越感に片頬吊り上げてニヤついていると、どすと白夜に脇腹を小突かれる。
ちょっとー?ちゃんと対応したでしょ……、と白夜に反抗の眼差しを向けるが、その深い海のような瞳と、張り付けられたような笑顔で俺は発言権を制される。
あぶっなぁ、この白夜さんやばい時のやつでっせ。
「凛ちゃん、相手は子供だよ……?」
まるで子供を諭すかのような物言いに、俺は苦笑いで誤魔化すしかない。
ふむふむなるほどなぁ。分かったぞ。小さい頃、母さんが俺を買い物に連れて行きたがらなかったのはそうゆうことか。うん……、まぁ、それは迷惑だな。とゆうか同類だったわ。ごめんね?と、心中あの少年に謝りつつ、母の心情を今にして悟る。
「ま、まぁ。……行きますか」
「うん!」
なんだかんだ言って、子供を相手取ったのか相手取られたのか分からない俺の様子を見て、白夜も白夜で何故か嬉しそうだった。
ちょっとしたトラブルはあったものの、さぁお買い物を再開だ。
「それで、凛ちゃんは何が食べたいの?」
出し抜けの予期していた質問に、こちらも一日考えて筋立てた返答をする。
「……まぁ、なんでもいいよ、結果美味いし」
「え、それは凄く嬉しいけど……」
しかし、さりげなく褒める作戦は生憎効果今ひとつ。けどって逆説がついた時点で、後の言葉には期待できないんですよね……。
「知らない?作る側としてはなんでもって言葉が一番困るんだよ。料理名じゃなくてもいいから、ちょっとはアイデア貰いたいの」
でしょうね、何となく分かってましたとも。
「……もう、これは常識だよ。常識」
ぷんすか怒って大事な事なので二回言う白夜。
いや、そこまで常識でもないような……。
「……それで、何が食べたいの?」
分かってるよね?と静かに蒼眼で訴えてくる。
寛大な御心により再び与えられた挽回の機会。
幼馴染として、いや、一人の男として。
このチャンスを外すわけにはいかない。
俺はたっぷり悩んで勿体つけた後、高校生クイズ大会決勝戦みたく意を決したような東大生偏差値80IQ200ばりの雰囲気を存分に醸し出し、
「あ、うーん……。いや、まぁ肉だな。肉。とりあえず肉食っとけばいいまである。うん、肉。むしろ肉以外認めん」
辿々しくも自信満々に、これならどうだと口を開いた。
「いや、なんでそんなにお肉を推すのよ……。そしでなんで自慢気なの」
言ったったりとばかりにふむふむとドヤる俺とは対照的に、白夜は呆れた……、と言わんばかりに怪訝なジト目を向けてくる。
俺としては別にふざけている訳ではないので、しかと補足させていただくと、
「あのな、男子高校生なんて基本そんなもんよ?とりあえず肉食わしとけば喜ぶ生物だから」
こんな理論を展開せざるを得ない。
俺もその一味である以上、こればっかりは仕方がないのだ。だって肉が好きなんだもん!
もはや先程の少年の方が賢いのでは?と白夜は理解できない様子だったが、やがて諦めたのか了解とだけ一言口にした。
顎に手を当て、これから作るであろう肉料理を思案し始める。
やがて結論に思い至ったようで、白夜は俺に向かってピンと人差し指を立てる。
「じゃあ、今日は生姜焼きにするね」
言って、反論一切受け付けずどこか満足気なほくほく顔でカートに食材を放り込んでいく白夜。
お、おう……、まぁ、生姜焼きは好きですけどもはい。と俺がその迷いのなさと自信に戸惑いつつも感心していることがしばらくの間は続いた。
落ち着いて見渡してみれば、久しぶりに訪れたスーパーは思っていたよりも新鮮な印象だ。
これでもかとデコられて居並ぶ食材のラインナップは、確かに季節の移り目を感じさせる。
旬とかその辺の市場に疎い俺からして見れば、それはガチャ気分とでも言おうか、スーパーに来てみるまでは分からないといったワクワク感がある。
何が安くて何が高いのか、もはや競馬のオッズみたいなものだな。知らんけど。
と言いつつ、そんな新鮮とも言える光景ばかりではなく、古い記憶の当時から変わらない光景もそこにはあった。
お菓子コーナーでカートを押してはしゃぎ倒す子供やガン立ち腕組み状態で無言きめて魚の鮮度を見極めている主婦など、懐かしくもあるスーパーの色……。
っていうかあのガキまだやってたのかよ。懲りろや。
踏まれた足の先が疼くのと同時に、隣を見やると。
そんな主婦よろしく、白夜も時たまうーんと可愛く悩んでいる現状。どれもおんなじでしょ変わらんでしょ…。なに?納得できるかできないかの差なの?
と、基本的には適当に手にとってしまいがちな俺は思うのだが、はてさて実際の所はどうなんでしょうね。
遅い足取りでからころとカートを押して野菜、肉、魚、と順々に各コーナーを回っていくうちに、いつしかカートのカゴはいっぱいに埋まっていた。
白夜の買い足しもあるのだろう、まぁまぁそれなりの量だった。
それからは、レジのおばちゃんが要らぬ誤解をしてきたりあの少年に再びぶつかられたりと色々散々なトラブルはあったが、退屈しない程度にお買い物編は無事終了した。
俺の両手には幾ばくか中身の詰まった買い物袋が下げられていて、飲み物もあるのだろう、ずっしりとした重みを感じる。
白夜に持たせるわけにはいかないので、重てぇ……、と言いながらも俺が持つしかないのだ。
そも、俺のための買い物である以上、それは当たり前のことなのだが。
「さっ、帰ろっか。凛ちゃん」
二人並んでスーパーの外に出る。
別段長居したつもりはなかったのだが、既に日は落ち、辺りは薄暗く色を変えていた。
公道を通りかう車のハイビームと街頭の明かりだけが、今、俺たちを迎えるように照らし当ててくれる。
「さっむ」
俺はあまりの冷気に耐えかね、器用に片手でコートをかき寄せた。
隙間から侵入する風を、少しでも追い払って尚。
え、ちょっと予想外に寒いんですけど、これは鳥肌もんや……。と一人震えていると。
「だねー、朝よりも寒いかも」
それに乗っかるようにして、白夜が隣で足踏みをし、その華奢な身体を小さく身震いさせた。
両腕を抱き、足は内を向き閉じられている。
女子はスカートだからそりゃ寒いでしょ可愛そうに……。と、俺が心中申し上げていると。
「っくしゅん」
白夜が口を手で覆い、小さくくしゃみをした。
その姿がいかにも小動物みたいで、俺は少し可笑しくなって笑ってしまったのだが、これが迂闊な行動だった。
「むぅ……」
笑われたことが気にに食わなかったのか、白夜は眉を寄せてこちらを睨みつけてくる。
大して怖くもないその視線を受けて受けきれずに、
「あ、ごめんね?」
俺は一応謝ってみるものの、うーん、白夜さん。これは怒ってますね。
「…………」
無言でこちらへ距離を詰めてくる白夜に、俺がえ……なに……、とさながら猫に噛み付かれそうなくらいに困惑していると。
「えいっ」
一言言って、白夜は腕を絡めるようにして勢いよく肩を寄せてきた。
ふわっと香るフローラルな匂いに、服越しで分かる温もり。懐かしくも鼓動が早まる感覚がある。
「え、ちょ……」
俺は触るところに注意してその熱源体を引き剥がそうと試みるが、その押し合いには柔らかな感触があるのみで一向に俺から離れる気配がない。
「…………、白夜さん?」
俺は恐る恐る顔を伺うと、そこには美しい蒼眼がチシャ猫のように細められ、宝石の如く闇夜に輝いていた。
「暖ったかいねっ!」
小悪魔のようなあざとい顔を見せながら白夜はそう口にする。
言い終わるのと同時に、俺の腕を掴む力が強まった。
こいつ……、さてはわざとやってんな。
俺は恨めがましい視線だけで抵抗するが、
「……なによ。べ、別にいいでしょ、幼馴染なんだから」
うーん白夜さん、完全に吹っ切れてますねぇ……。
というか、頬の色が上ずってんだよ。染まってんだよ。恥ずかしいならしなきゃ良いのに……。
と俺は心底思うが、かく言う俺も照れが回る寸前だったので、悟られないよう分かりやすい困り顔を作り貼り付ける。
唯一の救いは、俺の顔が逆光でよく見えない事だ。
「あのなぁ……、誰かに見られたら困るだろ……」
呆れ混じりにそう聞くと、白夜はその姿を想像したのか、お目々ぐるぐる暴発寸前で即座に考えた後、覚束ない喋り口で答える。
「……じ、じゃあ、駅までで」
言って、ふと我に帰ったのか、俯きがちに顔を伏せる白夜。
触れる肩の熱が、僅かに上昇した様な気がした。
「ま、まぁ……、それなら」
諦めたように許諾して、俺は逆側の冷え切った片手に持つ買い物袋を握り直す。
これからを落とさぬように、その手を放さぬように、今一度強く握りしめる。
温もりを知って仕舞えば、逆の手はどこか物寂しく感じで、その指先は酷く冷え切って、かじかんでしまっている。
それが怠慢だと、贅沢だと知っていながらも、俺は知らないふりを続けた。
その結果、その手に持つものの大切さに、いつも後になってから気づくのだ。
ーーーーそう。帰路を歩き出した俺たちを、夜に浮かぶあの白い月明かりだけが導いてくれるように。
歩き出してから、俺はふと、体温の違う両腕に意識を向ける。
本当は、全然嫌ではなくて。
本当は、もっと軽い筈なのに。
この時の感覚に、何故か俺はこう思ってしまうのだ。
「重てぇ……」ーーーーと。
この二人の絡み、押したり引いたりで面白いです。
それと夕食回、書いた方が良いですかね……?
どんな感想も待ってます!!