戦闘準備……1
何故、氷雨や百仮が呼ばれたのか、その疑問は呆気なく明らかにされた。
風国は他国の争うに決して参加しない。争うは守る為の手段という認識が根強いからだ。
しかし、それは同族の為に全力で争うという事に他ならない。
氷雨は、水国の生まれでありながら、風国の民としても認識されている。
その理由としては、氷雨の師が風国の生まれであり、二人は風国で短いながらも生活をしていた。
若き日の氷雨、師を異性として認識し、恋に落ちてしまっていた。
そんな氷雨の思いに答えるべきか、師弟として、一線を保つかを悩む師匠の存在があった。
最初こそ、「師弟の恋愛などありえぬッ!」と、口にしていたが、幼き日の氷雨の一途な気持ちは、聖剣の切先を思わせる程、美しく曇りのない物であった。
調べた情報を口にする静夜、そんな最中、力強く床を叩く音が室内に鳴り響き声が発せられる。
「やめよ!」
照れくさそうに顔を紅く染めた氷雨の声に静夜が口を閉ざす。
その様子を目の当たりにして、目のやり場に困る大牙。
氷雨は苛立ちながら、声を荒らげる。
「何のつもりだ! 人の過去を探るのはわかるが、今、それを口にする必要があったか!」
一国の王を前に堂々と怒鳴り付ける姿に、静夜の家臣が立ち上がろうとする。
「動くな、本気で怒っておる……動けば、二度と自身の足で立ち上がれぬと覚悟してから立ち上がるがよいぞ」
その言葉を本気だと理解するのに、考える必要などなかった。
その場に居合わせた全員の座る、僅かな隙間が凍り付き、一歩でも踏み出せば、その凄まじい冷気により、瞬時に片足がもっていかれるであろうと、誰もが容易に想像出来る状況が作り出されていたのだ。
「言っておくが、私は脅しを口にする程、優しくないぞ、あと……飛び道具も止めておけ、私よりも厄介な奴が大牙を護ろうと、王の首を斬りに掛かるぞ?」
夜王──静夜すらも、人質にとった形になっている状況を回避しようと、大牙を狙うそぶりを見せる家臣が一瞬で動きを止める。
「話は理解した、世の配慮なき言葉が不快であったという事は理解した。すまなかったな、氷雨殿、世が言いたかったのは、“風国の獅子”と呼ばれた師を持つ氷雨殿に大使として、此度の戦闘への参戦を伝えて欲しいのだ」
話の内容を理解すると氷雨は、その申し入れを即座に断ったのだ。
「断る! 私では、大使として役不足だ。百仮老師の方が適任であると考えますが、老師、どうですか?」
百仮に視線が集まる。
「フム、儂か……確かに、じゃが、儂は国を捨てた老人だからのぉ……」
ひょっとこの仮面を付けたまま、首を傾げる百仮。
「仕方ないか……ならば、少し黒雷の者達と出向くとするか」
百仮の言葉に百姫達が声をあげる。
「なんでアタイ達が!」
「そうだぞ! 爺さん、姐さんがそんな提案に乗ると思うなや!」
「そうね、姐様に失礼だわ! いきなり過ぎるでしょ!」
銀大と馬黄が怒りを露にする。
しかし、百仮が“ひょっとこ”の面を軽く外し、視線を三人に合わせる。
「余り、儂も駄々っ子に優しいとは言えんのだ、話を聞いたのだから、最後まで付き合って貰うぞ、黒雷の者達よ」
仕方ないと、頷く百姫。
「ああ、わかったよ。爺さんだからって、老師であるアンタとやり合う気はないよ」
百仮と百姫達が、風国に出向く事で話がまとまる、其所からは夜国での戦闘準備が開始される。