氷雨と大牙……突然の襲来、ひょっとこ男(後編)
大牙は、幼いながらに、勝利の法則を考え、先手必勝を狙い、吹き矢を連続で射ち放つ。
「ほうほう、悪くない狙いだが、余りに単調にして、明白な流れ、実に分かりやすい!」
ひょっとこ男は、演舞を舞うように、吹き矢の針を指で掴む、手の上で一回転させると、大牙に向けて、勢い良く投げ放つ。
「うわっ、と、危ない……」
返された針をギリギリで回避する大牙の動きに驚きを見せるひょっとこ男。
「今のを躱すか? 実に素晴らしい動きじゃないか、単なるハナタレ小僧かと思えば、実に愉快じゃないか」
ひょっとこ男は静かに構えを取り直すと、素手のまま、小刀と吹き矢を装備した大牙に襲い掛かる。
咄嗟の出来事に慌てる大牙に対し、吹き矢を握る手に手刀が放たれる。
「っ! 痛っ」
吹き矢を握っていた手が赤く腫れ、吹き矢が落下する。
しかし、大牙が感じたのは、痛みよりも、その圧倒的なスピードであった。
大牙は、大概の攻撃ならば、氷雨との修行の中で徹底した受けと回避を行ってきていた。
小さな体に宿り始めていた、そんな自信は、最初の一撃で、あっさりと削ぎ落とされたのである。
「悔しそうだな? だがねぇ、此れくらいで、悔しがってるようじゃ、価値がないぞ」
二撃目の手刀が放たれる。大牙は小刀を弾かれると感じ、姿勢を低くする。
「甘いな……」
ひょっとこ男の手刀は、大牙の腹部に突き刺さる。
激しい痛みに、意識が吹き飛びそうになるも、大牙はその手にしがみつく。
「けほっ、掴まえた!」
ひょっとこ男も、氷雨も幼い大牙からは、予想だにしない行動であった。
「なんと! 正気か?」
大牙に誘導されていた事実に気づき、ひょっとこ男は、捕まれた手を振り払おうと、激しく左右に動かす。
しかし、大牙は振り払われ、地面に叩きつけられる瞬間、吹き矢の針をひょっとこ男の首に目掛けて、投げ放つ。
一瞬の出来事に、氷雨の額から、汗が一滴、滴り降りる。
「ぬぅ、ぬかったわい、ひょっとこの面に傷をついたわ……小僧、褒美に儂の名を教えてやる。六国傀動衆の一人、仮面師、無面の百仮じゃ、覚えておけ」
そう告げると、百仮は、ひょっとこの面の下から、白塗りされた爺の面が姿を現す。
「白式尉となりて、黒と為る、それ即ち、黒式尉なり、祝いの舞は、裏を反せば、黄泉への使い、死して笑うは、骸なり……」
百仮の声が大牙の耳に響いた瞬間、大牙の意識は途切れ、視界が闇に包まれていく。
大牙が目覚めたのは、小屋の奥にひかれた布団の上であった。
慌てて、起き上がる大牙の先には申し訳なさそうに座る氷雨の姿が存在した。
大牙は何が起きたのか理解出来ないままに、手を氷雨に伸ばそうとした。
激しい痛みが腕を駆け抜ける。
「痛、なんだ」
大牙が腕を見た瞬間、指先から黒く染まっている事実に気づき動揺する。
その姿を目の当たりにして、視線を合わせられず、下を向く氷雨。
「すまない、大牙……本来ならば、止めるべきだったんだが……」
氷雨が大牙に喋り始めた時、閉められていた襖が開けられる。
「目が覚めたか、小僧……生還ご苦労だったな」
そう声を掛けてきたのは、おかめの仮面をつけた百仮であった。
直ぐに構えを取ろうとする大牙であったが、無様に前のめりに布団に倒れ込む。
「急くな、急くな、小僧よ、今より七日間、儂が修行をつけてやる、断るも自由たが、腕を治したくば、よく考えろ……ひゃひゃひゃ」