雷国の武道家と水国の格闘家……6
両者が向かい合い、一筋の風が吹いた瞬間、両者は動き出す。
「ハァッ! いくぜ!」
五郎が両足に異能を流し込み、地面に磁場を作り出すと、即座に足の裏に反対の重力を作り出す、相反する力が反発した瞬間の加速を利用し、突き出された拳が慶水に襲い掛かる。
紙一重で初動を回避する慶水は片手で五郎の脇腹に狙いを定め、拳を撃ち込む。
そんな慶水の拳を五郎がギリギリで躱し、互いに距離を取る。
「やりますね、流石にあの一撃を躱されるのは、予想外でした」
涼しい表情でそう語る慶水。
「いや、マジに危ねぇ、本当に勘弁してほしい相手だぜ」
五郎は素直にそう語ると再度同様の動きを見せる。
その瞬間、慶水も再度守りの構えを見せる。
凄まじい加速と突き出された拳、しかし、五郎の拳を回避しようとした慶水の服に僅かな傷がつく。
先程、同様に五郎が、慶水の一撃を躱すと間合いをとって見せる。
しかし、初動と相対する二人、慶水の頬を嫌な汗が流れ落ちる。
「慶水と言ったな、次は更に早くいく。絶対に当たるなよ」
「優しさですか、余裕のようですが……それは侮辱と言うんですよ!」
両者が動き出す。
五郎の拳に荒々しく巻き付く雷、光り輝く拳が慶水に向けて放たれる。
慶水の手は大量の水を凝縮した状態になっている。
矛と盾を思わせる両者が戦い、しかし、其処には矛盾などと言う言葉は存在しない。
単純な相性が互いの実力に重なり、慶水の守りを五郎の拳が打ち砕いた。
慶水の守りはどんな攻撃も防ぐ最強の水の防壁と言える物であった、カウンターを得意とし、守りからの反撃を徹底した攻防一体の技である。
それに対して、五郎は、雷を纏った高速の拳や蹴りを繰り出す超攻撃型であり、水と雷、更に攻撃型と防衛型の違いが明らかな勝敗を分ける結果となった。
両手が力なくぶら下がった状態になった慶水。
「流石ですね……両手の感覚がなくなりました。本当に……嫌な経験です」
そう語る慶水は、疲れたように、地面に膝をついた。
死を覚悟する慶水は、静香にその瞬間を待っていた。
だが、五郎はとどめを刺そうとはしなかった。
「お前はまだ、戦う気があるか?」
「見ての通りだ、私に戦う事は出来ませんよ」
五郎はそう言われ、軽く微笑むと動けない慶水に歩みを向ける。
その瞬間、 無数の空を駆け抜ける風の音が円を描くように大量の矢が二人に向けて降り注ぐ。
「なあッ! 慶水!」
五郎が駆け出し、慶水を守るように雷の防壁を作り出す。
無数の矢が雷で焼け落ちていく。
矢が放たれた先には、水国兵と雷国兵の大軍勢が姿を現し、その筆頭には逃げた筈の総大将──氷原の姿があった。
「ガハハ、敵は弱っておる! 増援をもって、奴等に雷国と水国に逆らった報いをッ!」
二国の兵士達が一斉に動き出す。
「ちっ、仲間を見捨てて、偉そうに……」
「氷原将軍はそう言う御方だ……だからこそ、私が側で押さえてきたのだが、無念だ、これで更に兵が無駄死にするだろう……」
慶水の言葉を現実にするように、雲船が大きく旋回し地上に向けて急降下する。
甲板には、大牙と百姫、更に黒雷の団員達の姿があった。
「さあッ! アタイ達も参戦するよ!」
「「「オオォォッ!」」」
怒りを露にする団員達が矢を構え、更に異能を使える者達が矢を握り、一斉に射ち放つ。
空中から地上に光輝く矢が閃光のように降り注ぐ。
甲板から飛び降りる大牙と百姫が五郎の前に着地する。
「待たせたな、五郎。お前、格好良かったぜ」
「本当に無茶をする。もう少し待てなかったのかい?」
大牙と百姫の言葉、それは五郎に笑みを与え、希望であった。
大牙の持つ鬼斬り刀から煙のように薄い女性の姿が浮かび上がるとそれは、紅琉奈の姿に変化する。
「大牙、私も戦う……」
紅琉奈はそう言うと両手を刃に変える。
大軍勢を前に殺意を放つ集団、それはまさに、数を引っくり返す力による制圧となる。
水国、総大将──氷原は自身が何と戦っているかを考えさせられる物であった。
上空から降り注ぐ閃光、地上に降り立った強大な力を振り翳す暗殺を生業とする集団、それに対して水国、雷国の兵は統率は取られていたが、戦闘能力には大きく差が生まれていた。
退くに引けない氷原は突撃する。すでにそれ以外の選択肢など、有りはしなかったのだ。
大牙と紅琉奈の二人が敵兵を無慈悲に斬りつける。
百姫も同様に怒りを思うままに敵兵に向けて、撃ち放つ。
一時間なく、終戦となる。
総大将──氷原を含め、数百の敵兵が呆気なく、その命を散らしていったのだ。
そして、静かにそれを見守る慶水に五郎が手を伸ばす。
「お前は俺達とこいよ。俺はお前をみすみす、逃したくないんだ。頼むぜ」
そう言われ、五郎と百姫達の顔を見る慶水、そんな表情に対して、頷く百姫達の姿がある。
「変わってますね……その申し入れ、嬉しく受け入れます」
その日、黒雷は完全に雷国を捨て、更に慶水は水国を捨てる道を選択したのだ。




