裏切りの放雷、五郎の過去……5
百姫は甲板に出ると地上に向けて視線を向けた。
地上に見える人影の中に、稲光を漂わせるその姿をその目にすると、やるせない表情を浮かべた。
「馬黄……アンタって子は全く……」
そう呟く百姫の横から声をかける銀大。
「まったくだ、本当に頭の中が花畑でなんも考えてねぇ、いや、姐さんの為と誤った考えがあるんだろうが……」
「な、銀大! なにしてんのさ、怪我人は早く戻りな!」
銀大を心配しながらも強い口調でそう言葉にする百姫。
しかし、その直後、銀大は予想外の行動に出る。
「姐さん、すいやせんが、それは聞けねぇや!」
銀大が雲船の甲板から地上に向けて飛び降りたのである。
飛び降りて直ぐに銀大は自身の鬼斬り刀に稲妻を集めると、地上に向けて稲妻をまとった斬撃を撃ち放つ。
地上に直撃した稲妻が大きく大地を揺らし、更に数回、同様の攻撃が行われる。
それと同時に銀大の落下速度が目に見えて落ちて遅くなっていくのを誰もが感じており、焦った馬黄が空中に向けて雷砲を撃ち放つ。
それを待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべる銀大。
馬黄の放った雷砲に斬撃を食らわせると、空中で更に落下速度を弱める事に成功する。
そして、地上に落下した銀大であったが、その身体が地面に打ち付けられることはなく、反対に地面に反発するように足の裏と地面に隙間を作り立ち上がる。
皆がざわめく。
「な、なんで、浮いているんだ!」
「空も飛ぶのか……」
「なんであの距離から落ちて生きてるんだ!」
地上から囁かれる只ならぬ恐怖、不安が言葉にされていく。
そんな最中、馬黄が声をあげる。
「グダグダ、いってんじゃないよ。あれは磁場を利用してんだ……凄まじい範囲の磁場を作り出して、落下から生き残ったんだ!」
馬黄の説明を理解できる者は僅かであったが、それでも、理屈が存在すると分かれば、恐怖は消える。
更に言えば、直撃しなかったと言っても、上空からの落下で銀大の全身からは血が滲み、腹部からは包帯が色鮮やかに染まる程の出血をしているのが、誰の目にも明らかであった。
「掛かれッ! 死に損ないが!」
「いけッ! 敵は一人だッ!」
そんな油断したような言葉が飛び交う、しかし、馬黄はそんな声に対して直ぐに止めに入る。
「ま、待て! そいつは、銀大はそんな簡単な相手じゃない!」
そう口にした瞬間、既に銀大が動き出す。
「もう、オセェんだよッ! ハアァァ──ァァリャアッ!」
音速に達しようかという凄まじい一振りが風となり、水国の兵に対して襲い掛かる。
目に見えない程の速さで移動し、音速に達する剣を目の当たりにした兵達が、慌てて逃げようと駆け出すも、既に逃げられる筈もなく、一瞬で銀大を取り囲もうとしていた二十人程の兵隊が切り裂かれ、命を散らした。
「だから、言ったのに! 距離を取るんだ、近づけばやられるよ! 銀大……やってくれるね」
馬黄は逃げようとする兵隊を助けるべく、雷砲を放つ。
無数の雷砲が地面に着弾する寸前に激しく弾けると馬黄は“ハッ”と何かに気づいた表情を浮かべる。
そこから、馬黄は一定の距離を計るように、雷砲を放つと、ニヤリと笑みを浮かべる。
それと同時に銀大の頬を嫌な汗が流れた。
「銀大、アンタの仕掛けた戦術は今から無意味になる! 降伏しなよ!」
馬黄の言葉がハッタリでない事実を理解していた銀大であったが、その返答は当然、拒否するものであった。
「悪いが、オレは姐さんを裏切れねぇや、雷国、水国、雷動? どれも、オレからすりゃあ、くだらねぇんだよッ!」
「銀大ッ! このバカがッ!」
「バカはテメォだろッ! 馬黄ッ!」
銀大の周囲に一斉に放たれる雷砲、地面に着弾寸前に破裂した直後に次々に打ち出されていく。
次第に迫る雷砲に距離を取る銀大の姿に水国兵の士気が上がる。
そんな最中、雷砲が止むと再度、銀大に対して馬黄が語り掛ける。
「──銀大、アンタを殺したくない……頼むから投降しろ、死んでなんになる?」
「勘違いすんなや、姐さんの決めた事に従い、命を賭ける! 姐さんの為に命を惜しまねぇのが、オレの後悔のない人生なんだよッ!」
「そうか、なら、一思に死ねッ! 銀大ッ!」