氷雨の力、大牙からの条件
各村に対して、氷雨が行った行為は、鬼に対する忠告だけではなかった。
多くの村に存在する祠に山の結界と同様の力を宿らせていく。
氷雨と大牙の住む山と違い各村には四つの祠が建てられており、祠の中に術を記した札を納めていったのだ。
それこそが、氷雨の傀動としての力の一つだった。
傀動になる者達は少なからず、常人に無い力や能力を有している。
氷雨の場合は、剣の才が有りながら、結界師としての力を魂に宿していたのである。
氷雨は年に一度、各村を周り結界を新しくする事で食料や酒を必要最低限、無償で貰う契約を交わしていたのである。
各村も、六国傀動衆である氷雨と契約を交わす事で安全と安定を手にした。
しかし、今回の『無鬼』と『二角』からの予想外の襲撃による村人達の不安も強く、それを払拭する事が今回の下山の真の目的であった。
氷雨の傀動としての力を朝から晩まで、間近でその目にした大牙は、驚きと興奮で心を踊らせ、布団に入っても興奮が収まる事はなかった。
山に帰っても興奮から、紙に文字に成っていない文字を書き、結界を創る真似をする大牙。
そんな、子供として当たり前の行動に氷雨は笑みすら浮かべていた。
「大牙よ、そんなに文字を書きたいならば、私が教えてやるぞ?」
「……だ、大丈夫、あれは、今はいいや……」
少し悩み、断る道を選択する大牙に対して、氷雨は不思議そうに首を傾げた。
「あれ? なあ、大牙……お前、私が普通の字を書けないと思ってないか?」
僅かな沈黙が流れ、氷雨は静かに酒の、入った瓢箪を口にすると一気に飲み干す。
立て続けに三本の酒を軽く飲み干した氷雨は、徐に紙と筆を手に取り、美しい文字を書き記していく。
「たいが~、私が酒くらいで、字が書けぬと思うなよ! 普段の字は崩し書きしておるが、私はこう見えても、文武両道の氷雨さんなんだよ! アハハ!」
笑い声が響き渡る小屋の中、大牙は初めて、氷雨の恐ろしい一面を垣間見る事となった。
片手に新たな酒を持ち、服を着崩しながら大牙に迫るように進む氷雨。
「さぁ、氷雨さんをバカにする大牙には、お仕置といこうかしら」
「ひ、氷雨、落ち着いて、此方に来るな、氷雨さん……うわあぁぁ!」
夜が明け、飲み過ぎた頭を抱えながら、氷雨は昨晩の記憶が思い出せぬままに目を覚ます。
室内には、上半身を裸に剥かれ、酔っぱらって眠ったであろう大牙の姿があった。布団が軽く濡れており、氷雨は唖然としながらも、昨晩の出来事を必死に思い出していく。
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昨晩、氷雨は酒を次々に飲み干していく、常人ならば倒れてしまう程の酒を飲んだ後、大牙に対して酒を手に迫っていく。
大牙も、身の危険を感じて、逃げようとするが、氷雨から逃げられる筈もなく、捕まる。
酒が互いに入り、大牙は直ぐに真っ赤になり、気絶する。
「お~い大丈夫か、大牙?」
「師匠……熱いです……」
「ならば、私がなんとかしてやろう……」
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「此処から先が思い出せん……何があった、私は大牙に何をしたんだ! アア、面倒くさい、大牙! 起きろ!」
「うぅ……! 氷雨、うわあぁぁ!」
大牙の怯え方に冷静になった瞬間、周りを良く見渡せば、激しく動き回ったような痕跡があり、氷雨は更に青ざめた表情を浮かべる。
「た、大牙……落ち着け、何があった?」
「もう、飲めません、お酒怖い、お酒怖い……」
震える大牙を落ち着かせ、昨晩の事を尋ねる氷雨。
大牙はすべてを語り、その内容は散々な物であった。
酔った勢いで、上半身をはだけさせた氷雨は、大牙に酒を飲ませ、意識が薄れる最中、呟いた『熱い』と言う言葉に対して上半身の服を脱がせる。
その直後、水の入ったバケツを外に持ち出し、雪をたっぷりと混ぜるてから大牙にぶちまけたのだ。
そして、氷雨は引戸を閉めると、布団に入り眠りについた、と言うのが昨晩の出来事であると大牙に告げられたのだ。
氷雨は大牙に本気の謝罪をすると、大牙は笑いながら、条件つきで、氷雨を許したのだった。
「一週間の禁酒まで、あと五日だね。頑張って氷雨」
「大牙……もう、無理だ……師匠なんだぞ! 勘弁してくれ……ないか?」
「無いよ、師匠なら、約束をしっかり守ってね」
大牙の笑顔と、悔しそうな氷雨の表情は二人の距離を少し縮める事となる。
二人の間に新たな繋がりが生まれた瞬間であった。
お酒は二十歳になってから。
氷雨と大牙の世界は現実とは異なります。(*´ω`*)