氷雨と大牙……向かう先に1
紅琉奈の質問に氷雨が言葉を返す。
「あの場で、争いになったならば、どうなるかお前でも理解できるであろう! 命を奪われず、生きる事を忘れてはならぬのだ!」
命を繋ぐ、その言葉に紅琉奈は怒りを爆発させる。
「命を繋ぐだと……ならば、大牙の命はお前達が話し合いで決められる程の価値しか無いと言うのか!」
氷雨と紅琉奈の相容れぬ思考、しかし、そんな二人の間に割って入ったのは大牙であった。
「もう……わかったから、いいんだ」
大牙の言葉に紅琉奈が、静かに怒りを静める。
「ありがとう、紅琉奈……氷雨、俺さ、少し一人で考えてみるよ」
大牙の言葉に一安心する氷雨、そんな一触即発の会話が有耶無耶になったと、同時に氷雨は炎国で依頼していた鬼斬り刀を大牙に手渡す。
それから、港をあとにする事となる。
港から放れた河原で休憩を取る事になると、氷雨は直ぐに薬草を川の水に浸し始める。
「ひやひやした、助かったと言うべきか……正直に言えば、肋骨がイカれてるようでな……まともに戦える感じじゃないんだ……閻樹の奴もそれを理解して、逃がしてくれたのだろうしな……」
氷雨はそう言うと、紫色になった胸元を露にして薬草をゆっくりとあてる。
顔を軽くひきつらせると氷雨は申し訳なさそうに大牙を見つめる。
「紅琉奈が正しい、私はお前を守れなかった、師匠などと口にしながら、申し訳ないな」
氷雨からの謝罪に戸惑いながら、大牙は首を左右に振る。
「ううん、氷雨は悪くないんだ。それに夜夢も、俺の中で確りと生きてるんだ……あの時、氷雨が気絶させてくれたから、今があるんだと思う」
互いの考えが口に出され、次にどうするかを話し合う事になる。
大牙の仲裁があり、氷雨と紅琉奈も和解する結果となり、話がすんなりと進んでいく。
港が使えない事実を知り、新たな策を考えようとしていた時、一筋の閃光が大牙達に向けて放たれる。
「危ない、避けろッ!」
氷雨の叫ぶような声が響き、大牙を守るように氷雨が被さる。
二撃目の閃光が即座に放たれる。
しかし、二撃目の閃光を五郎の大剣が防ぎ、同時に紅琉奈が弾き飛ばす。
閃光が放たれた先には、不自然な巨大雲が浮かんでおり、五郎が面倒くさそうに溜め息を吐く。
「はぁ……なんて、面倒な連中が来てやがるんだか、氷雨さん……ありゃ雷国の【黒雷】って、刺客集団なんだよ……よりによって、今かよ……」
諦めたような表情を浮かべると五郎は大剣を地面に突き立て、声を張り上げる。
「はぁ──百姫ッ! いるなら、顔を出せッ! 話がしたい!」
空気を震わせる程の大声が大空に向けて、叫ばれると、地上に向けて、雲から二人の人影が降り立つ。
土煙を上げながら、地上に姿を現した二人は【黒雷】の隊長──銀大と馬黄であった。
指をバキバキっ、と、鳴らす銀大が苛立ちながら、五郎を睨み付ける。
同時に、狙いを定めるように鋭い眼光を向ける馬黄の姿がそこに存在していた。
「いい度胸だな……五郎さん、姐さんが認めた男だからって、ちと、調子にのってねぇか?」
「姐様は、騙されてんだよ! バカなの銀大? やっぱり頭の中まで筋肉なの? てか、五郎だか、四郎だか、知らないけどさ……消せばよくない?」
「お、それには同意だ……たまにはいい事言うじゃねぇか……って、バカって言ったろ!」
「そんな事より、姐様が気づく前にコイツ等を潰すよ!」
「命令してんじゃねぇよ! だが、速攻で決める!」
銀大の鬼斬り刀が輝き、稲妻をまとい、馬黄の周囲には雷を圧縮したような光る球体が無数に回転する。
戦闘を回避できないと悟った氷雨は、鬼斬り刀を抜こうとするも、うまく利き腕が使えない事を大牙は理解していた。
そんな大牙達に追い討ちを掛けるように、巨大雲から、黒雷の兵が地上に降り立つ。