氷雨と大牙……炎国の海2
閻樹が用意した食事を済ませると、氷雨は一度、大牙達を連れて、城を後にする。
炎国の城下町に向かう為である。
城下町に向かうと聞いた閻樹は、人数分の通行証を即座に用意する。
木製の通行証には、焼き印が押され、その場で直接、名が彫り込まれていく。
「通行証があれば、いつでも門が通れるでな、好きな時刻に戻るがいい。くれぐれも問題を起こさぬように」
話が終わり、氷雨は大牙達を連れて城下町に向かっていく。
辿り着くと直ぐに数本の酒を買う。
荷物を軽々と持ち、賑やかな歓楽街を通り抜け、古ぼけた路地を奥へ、奥へと、進んでいく氷雨。
「氷雨、段々と、怪しい道になってってるけど?」
「なんだ? 大牙、怖くなったのか、安心せい、それにお前にとって大切な事だからな、この先だ」
氷雨は大牙にそう言うと、歩みを止めることなく、更に奥へと進んでいく。
寂れた路地の突き当たりに、姿を現したらのは、看板が傾き、窓が閉めきられた状態の鍛冶屋であった。
お世辞にも、足を運びたいという印象を与える物ではなかった。
「ついたぞ、時間が惜しい」
乱暴に鍛冶屋の扉を叩き始める氷雨。
「オーイッ! 客だぞ! 扉を開けろ」
“ガン、ガン!”
そんな行為を見ていた紅琉奈が助走をつけると、問答無用に扉に飛び蹴りをかます。
“ガゴンッ!”
「ぎゃあッ!」
“ドゴン!”
扉が内側に吹き飛ぶと同時に、男性の野太い声と扉と壁に人が挟まれたであろう、音が室内に響く。
「なぁッ!」
氷雨の表情が青ざめると同時に、騒ぎを聞き付けた、周囲の店舗から棍棒や、木刀、鉈などを手にした柄の悪い男達が集りだす。
「おうおう、テメェ等……此処が城下でも、法が通じねぇ、黒炭町だって、しってんのか! 知らなくても、赦す気はねぇが!」
男達が熱り立ち、各々の得物を構えて、氷雨達に近づいていく。
当然、話し合いなど、聞く耳は持ち合わせていない面構えに、氷雨が頭を抱える最中、戦う意思を示す紅琉奈と、どうするか悩んでいる大牙達の姿があった。
しかし、男達の後方から投げられた小石が、大牙の肩に命中した瞬間、紅琉奈が怒りを爆発させる。
氷雨と夜夢が紅琉奈の怒りを静めながら、五郎が大牙の前に移動する。
紅琉奈から放たれる殺意は強力であり、氷雨と夜夢が必死に押さえつけるも、二人を投げ飛ばし、男達に向かっていく。
そんな、紅琉奈の前に両手を広げる大牙。
「紅琉奈ッ! 駄目だよ……紅琉奈も傀動なんだから、わかるよね?」
男達も、紅琉奈の恐ろしさを肌で感じた直後であり、大牙がそんな存在を前に、臆さぬ姿に動揺する。
慌ただしく、一触即発な状況で、男達の背後から、若い女性の声が、叫ばれる。
「何してんのよッ! いったい何事よ!」
大牙達が振り向いた先には、お世辞にも背が高いとは言えない、小柄な女性がたっており、女性の声で男達が道をあける。
「いったい何事よ! 皆、そんな危ない物を持ってさ、って……何よそれ?」
吹き飛ばされた鍛冶屋の扉、更に苦笑いを浮かべ、手を軽く振る氷雨の姿に女性が頭を悩ませるも、男達を説得して、その場を収める。