氷雨と大牙……鬼と武士の一騎討ち3
本気と言う言葉にその場に立ち合うすべての者が息を固唾を飲む。
結界人達も、次第に数を増やしながら、両者の戦いを見守っていく。
そして、動きを見せたのは、利庵だ。
まるで脱皮をするように、利庵の全身を覆う甲冑の中から、更に甲冑を纏ったままの利庵が姿を現す。
分身したような光景に驚く大牙達であったが、利庵は更に同様の行動を連続で続け、六人分の甲冑と利庵本体の合計七つの甲冑が広場に姿を現した。
紅琉奈は待ちくたびれたと言わんばかりに、利庵本体に向かって、襲い掛かる。
「遊びに付き合うのは終わり、吹き飛べ!」
“ガシャンッ!” と、凄まじい衝撃音が鳴り響く広場。
しかし、其処には、紅琉奈の攻撃から本体を守るように三体の甲冑が守りに転じている。
その左右から、残り三体のうち、二体が刀を手に、紅琉奈に攻撃を開始する。
後方に回避する紅琉奈、その真後ろから、凄まじい勢いで最後の一体が体当たりを行う。
攻防において、完璧な立ち回りを見せる利庵は、更に甲冑を四体増やし、攻撃と防御の両方に甲冑を振り分けていく。
「さっきまでの勢いはどうした? 此れでは、炎王、閻樹様が退屈してしまうではないか」
そう喋り続ける利庵に対して、紅琉奈が取った行動は余りに単純で効果的な方法であった。
紅琉奈は閻樹に向けて、高速で刃にした腕を伸ばしたのだ。
刃の大きさと、速度を見た瞬間、利庵本人と甲冑が即座に閻樹側に動く。
紅琉奈の口がニヤリと笑う、閻樹に向けられていた刃が突如、伸びていた事をやめる。
止まった刃は、その長さのまま、十体の甲冑と利庵本体が、力強く振り抜かれた刃に吹き飛ばされ、宙を舞う。
“ズガンッ!”
紅琉奈の指、一本、一本が鋭い刃となり、十体の甲冑が十本の刃に貫かれていく。
頭部を貫かれ、無惨に真っ二つに割られて落下する甲冑。
誰の目にも、紅琉奈の勝利は確定しているようにみえる。
しかし、それすらも、利庵からすれば、想定の範囲内であった。
「思ったよりもやりますね。では、その刃が通らぬ程の力の差を見せると致しましょうか」
そう声に出すと、利庵の元に切り裂かれた甲冑が集まりだす。
集まった甲冑がパズルのように隙間なく、組み上がり、利庵本体を包み込んでいく。
紅琉奈の目の前には、巨大な甲冑姿の利庵が立っていり。
その手に握られている鬼斬り刀も同様に巨大な物に変化しており、勢いよく振り下ろされる巨大な刃が凄まじい風を切るような音を放ちながら紅琉奈目掛けて襲い掛かる。
本来ならば、この一撃ですべては終わる筈であった。
しかし、紅琉奈は、避ける事をせず、力だけで、鬼斬り刀をその手に掴むと鋼に変化させた指で、刃を力任せに握り砕く。
「お前の本気はその程度か……」
「黙れ……終わらせぬ、この程度で調子にのるなッ!」
利庵の拳が紅琉奈へと命中する。しかし、紅琉奈の体が吹き飛ぶ事はない。
殴った筈の利庵の拳は紅琉奈の変化させた刃の腕により、甲冑で作られた拳が真っ二つに割れる。
勝敗が明らかになろうとした瞬間、利庵は全ての甲冑を脱ぎ捨て仮面のみを装着した状態になる。
其処には甲冑の外見からは想像できない、肩まで伸びた桃色の髪を束ねた見た目の美しい着物を着た少女が立っている。
「お前、女だったのか、どうやって、甲冑の中で着物を着ていたんだ?」
紅琉奈の質問を無視したまま、利庵は腰に身に付けていた鋼鉄の扇子を二本掴み、両手に握る。
「女として、戦うのは久々だ。感謝するぞ。それと“その程度”と口にしたな……後悔させてやる」
そう語りながら、利庵が速攻で扇子を前に突きだす。
突きだされた扇子の先端から仕込みの刃が一斉に姿を現すと初めて紅琉奈の頬に一本の刃が切りつける。
「ぐぅ!」
「よく回避したな? だが、まだまだ!」
周囲に散らばる甲冑が突如、紅琉奈の足に絡み付くように集まりだし、それを合図に利庵が再度、攻撃を開始する。
紅琉奈の足元は無数の甲冑が地中に向けて穴を堀り、紅琉奈を離さんと必死に掴み続けている。
足の先端を刃にするも、左右の足は違う角度で沈められていく。
「終わりだッ!」
「終わるのはお前だッ!」
紅琉奈の拳が突き出され、利庵の扇子と正面から激突する。
結界内に激しい風が吹き荒れ、土埃が内部の光景を閉ざしていく。
土埃が収まった後に立っていたのは紅琉奈であり、利庵の扇子が粉砕され、地面に埋もれるように吹き飛ばされていた。
閻樹が、溜め息混じりに、声をあげる。
「それまでじゃ、勝者──紅琉奈! 此にて、試合終了とする!」
炎国側の者達が声を失う最中、閻樹が紅琉奈の勝利を口にして、一騎討ちが終了した。