氷雨と大牙……鬼と武士の一騎討ち1
一触即発の状況で利庵が間に入ろうと動き出した瞬間、それよりも先に素早く動き出したのは大牙であった。
「あ、あの! 本当にごめんなさい!」
眼を瞑り、両手を全力で広げる、その手は震えている。
紅琉奈と同格の恐怖を感じる事になるなど、思ってもいなかった大牙からすれば、命懸けの行動だった。
「ふぅ、なぁ……小さいの? 邪魔だッ! 妾は、お前の謝罪など求めていないのだよ。 目の前に強者、いや狂者がいるのだぞ、全身がいやに熱くなるではないか!」
楽しそうに艶かしい視線を紅琉奈に向けていく褐色の王。
「わからぬだろうなぁ……強者はいても、身内では本気で戦えぬからな」
家臣達にも緊張が走る。
そんな最中、利庵が大牙を背後から、押さえつける。
「誰が、喋っていいとまで、許した? 閻樹様を不快にさせるならば──」
利庵が大牙を押さえつける最中、紅琉奈の鋼に強化された蹴りが利庵の脇腹にめり込み、壁に向けて吹き飛ばされる。
数人の家臣を巻き込みながら、壁を貫き隣の部屋に利庵が吹き飛ばされる。
「お前も……誰が大牙に触れていいって言った? ワタシは赦してない」
家臣達が慌てて刀を抜く最中、閻樹が突然笑い出す。
「アハハ、これは驚いた。して、大丈夫か、利庵?」
「……はい。驚きはしましたが……大丈夫です」
隣の部屋から戻ってくる利庵。
利庵の姿を確認すると、閻樹は笑いながら、紅琉奈に語り掛ける。
「どうじゃ、妾の部下にならぬか? 貴様なら、新たな大将軍となれるだろう? 三大将から、四大将になる器よ」
「断る、ワタシは大牙の物だ。お前の配下になる気はない」
そう語る紅琉奈に笑みを浮かべ、閻樹は残念と言わんばかりに溜め息を吐く。
「ならば、妾と、この“小さいの”を賭けて勝負しようじゃないか、貴様が勝てば、“小さいの”からの謝罪を正式に受入れ許そう、ただし、負けた際には大牙と貴様を部下に貰う」
誰もが予想だにしない発言であった。
氷雨も今回の提案を認める他、道はないと理解していた。
既に国境に攻撃を加え、炎王の前で部下である将軍に攻撃、更に城の壁すら砕いてしまっている事実が存在していた。
「理解してくれたな、氷雨よ。さて、勝負の内容じゃが……妾が直接戦いたいが、仕方ない……利庵との一騎討ち、ただし、相手を死に至らしめた場合は、敗北とする。気絶か降参させれば勝利としよう」
紅琉奈が頷いたのを確認すると、その場で手を鳴らし、小間使い達が慌てて着物を用意いする。
着物を身に纏うと、最初の艶っぽさや、ふざけたような印象が閻樹からなくなり、凛とした姿、落ち着いた雰囲気を放っている。
「勝負は城の裏手にある修練場で行うように、城を壊されては困るでな」
大牙が賞品とされた紅琉奈と利庵の戦いが始まる。