小刀と異形の鬼
大牙が初の獲物を狩った翌朝から、氷雨との新たな修行が開始される。
朝から昼までの吹き矢の鍛練に加え、午後からは小刀の使い方を学ぶ。
小刀の鍛練が終われば、また夕暮れまでの狩りという流れが組まれる。
最初はぎこちなかった小刀の使い方も次第に上達していく。
河原で小刀を投げて魚を取るという修行が組み込まれ、大牙は小刀で魚を射止める程に成長を遂げていた。
「氷雨ぇ! 魚を綺麗に捌けたよ」
「おお、大牙よ。素晴らしいな。だが、此のままでは、泥臭く食えんな……薫製にするか」
氷雨と大牙は、互いをしっかりと名前で呼ぶまでに打ち解けていた。
最初こそ、呼び捨てする事に遠慮していた大牙であったが、日々が流れ、笑みが生まれる中で自然と距離が縮まっていった。
それから数日、山に冬がやってくる。山全体に空から白化粧が降り注ぎ、景色を変化させる。
獣達が冬眠すると氷雨は、狩りを中止すると大牙に伝える。
「なんでさ、寝てるなら、狩りも楽じゃないか?」
「大牙……寝込みを襲い、狩りと言えるか? それに、山には掟がある。冬眠した獣を狩ったら、駄目なんだよ」
氷雨はそう語ると山の見廻りを行うと言って小屋を後にする。
そんなある日の朝、大牙も見廻りに同行することとなる。
氷雨と大牙の住む山には、鬼避けの結界が張られている。
しかし、人間により結界が壊される事があるからだ。
その理由は狩りを行う新人の猟師が年輩の猟師の話を聞かず、山に入り無数に存在する祠と祠を繋ぐ見えない線を切ってしまい結界が失われる。
数年前に一度、実際に結界が破られた際に、氷雨の師が襲われた猟師を助ける為に異形の鬼と戦い、相討ちとなり、死んだ事実が存在する。
その際に、山を襲ったのは『無鬼』ではなく、『角付き』と呼ばれる『三角』の強力な異形であった。
結界とは、強力な力が存在するが、破られれば、鬼を呼び込む撒き餌になる存在であり、氷雨は同じ過ちが起きぬようにと、冬場の狩りを禁止し、近隣の村にも、山への立ち入りを禁止させていたのだ。
大牙と母が即座に氷雨に見つけられたのも、結界の祠が近くにあり、鬼の存在を氷雨に知らせた為であった。
「ねぇ、氷雨? もし、猟師を見つけたらどうするの?」
氷雨は、心配そうに見つめる大牙の頭を軽く撫でる。
「追い出すだけだ、二度と山に入りたくないと感じるようにしてからな」
道中にそんな会話をしていると、氷雨の身に付けていた鈴が突如、鳴り始める。
「まずい、大牙! 今から小屋に戻れ! 結界が崩された、異形が入り込む」
「異形!」
大牙の全身が震え出す、しかし、大牙は自身の足に拳を勢いよく当てる。
「俺もいく!」
「馬鹿を言うな! お前が来てなんの役にたつ! 今すぐに戻れ! そうせねば、師弟の縁を切る、いいな!」
そう告げると氷雨は、人とは思えぬ速度で山道を降っていく。
小屋に向かい走り出す大牙。
しかし、それは逃げた訳ではない。
真っ白な息を吐きながら、小屋に辿り着いた大牙は、氷雨の部屋に慌てて飛び込む。
氷雨の部屋の壁に掛けられた一本の刀を手に取り、自身の小刀を腰に巻く。
(きっと、氷雨に怒られるだろうな、嫌われちゃう……でも)
覚悟を決めて刀をしっかりと握り締め、来た山道を一気に駆け出していく。
不思議な事に大牙は道に迷うことなく、山を降っていく。
大牙が氷雨を見つけた時、氷雨の周りには複数の無鬼と角を二本生やした角付きの姿があった。
「ニク、ニク!」
「ニンゲン、クドウのオンナ!」
無鬼達が仕切りに氷雨を食らおうと口を開き、声をあげる。
そんな、無鬼達の背後には、青年のような姿をした二本角の二角がニヤニヤと笑みを浮かべる。
「傀動の女がいるとは、実についてるな……手足を裂いて、頭から食らうか、指から食らうか? アハハ」
既に、無数の傷を負わされた状態の氷雨が剣を構える。
その背後には、震える若い二人の猟師がおり、その存在が氷雨の足枷となっていた。
それを理解した大牙は、氷雨に無鬼が襲い掛かるタイミングで駆け出していく。
「氷雨ッ! この人達は俺が連れてく、鬼に集中して!」
大牙の声に、一瞬、驚くも氷雨の口が笑う。
「師の言葉を無視して、馬鹿弟子が!」
「家族だから、氷雨、負けるな!」
大牙は二人の猟師を連れて駆け出していくいく。
しかし、大牙と猟師の背後からは複数の無鬼が追い掛けていく。