氷雨と大牙……地下からの脱出1
大牙と夜夢が地下を進み始めて五分が経過する。
地上では、残骸を見つけられなかった黒雷の面々が百姫の元に集まり、報告をする。
「駄目です、指一本、服の欠片すらみつかりません」
「こっちもです」
部下達の報告を聞き、仕方ないと首を傾げる百姫。
「取り敢えず、範囲を広げるよ! 森に逃げた感じはしなかった……地上にも、森にもいなければ、地中だ! 香南ッ! 上から調べられないかい!」
雲船に向かって、声を出す百姫。
『姐サマ、無理ですよ。流石に上からは見えません。一度、地上に降りますか?』
雲船が突如、小さくなり、次第に消えていく、そして一人の少女が地上に着地する。
少女は直ぐに、地中に向けて、鬼鋼で作った球体を向ける。
「姐サマ、直ぐに見つけるからね。いくよ!」
地中に向けて凄まじい勢いで雲が作られ、流れ込んでいく。
少女の名は雲船の香南
雷国刺客衆の移動手段である黒雲と、遠距離操作型移動手段、白雲を操る双子の姉妹の姉である。
幼い見た目と褐色の肌が特徴でよく仲間からからかわれるが、異能の力で雲を集め、人が乗れるようにするなど、才能に溢れた存在であり、戦闘の際も遊び感覚で敵を始末する純粋にて残酷な一面を持つ。
地下を進んでいた二人、そんな時、大牙の手を取り、別れ道を下に向けて進んでいく。
地下水が勢いよく流れる急流が姿を現す。
「大牙、此処でオラが時間さ、稼ぐ。だがら、オメエは逃げろ……オラの見えた道は此処までだ……流れに流されたら、オラは助からね、すまねぇな」
夜夢の言葉に、大牙は困惑する、そして残された時間を使い、夜夢は自身の異能について語った。
本来は周囲を認識する異能ではなく、逃げる為、生き残る為の異能だと語る夜夢は、小さく笑い、大牙に生きて欲しいと涙を流す。
「やだよ、何で、俺一人が逃げないと行けないんだ! 夜夢も一緒に逃げよう、絶対に手を離さないから!」
泣きながら、そう語る大牙、必死にしがみつき、夜夢の手を離そうとしない姿に、夜夢が声をあげる。
「我儘、言うでね! オラの道は此処までしか、ねぇんだよ……流れに巻き込まれて死ぬか、此処で死ぬかしか、ねぇんだ」
「なら、俺も動かない! 此処までが助かる道なら、きっと何かあるんだよ、そうじゃなきゃ……俺は、夜夢さんを見捨てないから!」
大牙の強い思いが言葉にされた瞬間、大牙達が通ってきた通路を数人の男達が抜けてくる。
「やっと見つけたぜ!」
「マジにいたなぁ、いなかったらってヒヤヒヤしたぜ」
男達が手にしていたのは、普通の刀であり、傀動ではなかった。
しかし、それは更に厄介な事実であった。
傀動である、夜夢は一般の者に対する攻撃とそれに対する処罰の対象であり、それを理解して、黒雷の頭領である百姫は敢えて斥候として、一般兵を地下に向かわせていた。
その事実に夜夢は、覚悟を決めて動き出す。
「お前ら誰だよ!」
夜夢すら予想だにしない大牙の声、男達が大牙に視線と刀を向ける。
「大牙! なぬしてる、逃げろ!」
夜夢の声に耳を貸さず、大牙は駆け出していく。
いきなり駆け出した大牙と、夜夢の声で、男達に微かな隙が生まれていた。
大牙は直ぐに腰に隠していた吹き矢を発射する。
命中を狙ったモノではなく、回避させての先手を取ろうとする為の攻撃であった。
大牙の小刀が、男に襲い掛かる。
「はあぁぁぁッ!」
「ぬぉ、クソガキがッ!」
男も崩れた状態から、刀を斜め上に振り上げる。
弾かれ、後ろに飛ばされる大牙、しかし、その背後から、夜夢の杖が男の顎に直撃させ、吹き飛ぶ瞬間に、腹部に杖を押し込み壁に叩きつける。
鈍い、顎が砕ける音、泡を吹き壁に叩きつけられ、気絶する男。
気絶した男の元に駆け寄る仲間の男と、慌てて大牙と夜夢に視線を合わせる男達。
「や、やりやがったな!」
「傀動が、一般の者に手を出しやがったな!」
男達の言葉に大牙が強い口調で怒りを露にする。
「やられる覚悟もなく、人を襲うのかよ! お前らが、来なければ、やられる事もなかっただろ!」
睨み合う双方、しかし、そんな睨み合いは、直ぐに終了する。
「お、派手にやられてんな? お前等、姐さんに叱られるぞ? まあ、確りと仇は討ってやるよ」
そこには、黒雷の攻撃隊長、銀大の姿があった。
大牙と夜夢を銀大の不敵な笑みと、鋭い瞳が静かに見つめている。