氷雨と大牙……大牙と夜夢が二人きり2
大牙と夜夢だけの修行は、視界を奪われた状態から開始する。
夜夢が大牙に与えた課題は、五回の攻撃のうち、一回、回避すると言うものであった。
半日もの間、夜夢からの、攻撃を回避し続ける大牙。
感覚は朝の時よりも研ぎ澄まされ、耳に聞こえる一撃、一撃を一振り毎に感じるようになっていく。
夜夢は、逆に半日で感覚を手に入れた大牙の潜在能力に驚きを感じていた。
夕暮れには、五回の攻撃を三回まで回避して見せる大牙、しかし、小さな体に限界が来たのだろう、疲労でその場に倒れ込むと、目を閉じて眠りについたのだ。
仕方ないとばかりに、大牙を抱き抱える夜夢、眠っている大牙の頭を軽く撫でる。
「オラは、何をしてるんだがなぁ……こんなちっこい子を……痛かったろうに……」
大牙を大切に抱き抱えたまま、小屋に戻る。
しかし、小屋には、寝込んでいる五郎のみであるにも関わらず、小屋は明るく照らされている、囲炉裏に墨が入り、更に料理をしているのだろう、香りが外まで漂っている。
五郎以外の誰かが居ることは明らかであった。
「小屋に誰かいる……大牙を抱えたままじゃ……」
夜夢が判断に迷う最中、小屋の引き戸が開け放たれる。
「大牙ァァ──ァァッ!」
声の主が確認出来ない、夜夢は警戒しながらも、自ら音を作り出し小屋の内部、周辺を把握する。
直ぐに叫んでいる声の主が紅琉奈である事実に気づかされ、更に室内には二人の人影を確認する一人は五郎であり、もう一人は氷雨であった。
即座に状況を理解する夜夢、しかし、大牙を離すような真似はせず、堂々と小屋に向かっていく。
大牙を抱えたまま、小屋に向かう夜夢に鋭い視線がむけられる。
それは、夜夢が今まで、経験してきた戦闘ですら感じた事がない程、禍々しく歪な殺気、ゆっくりと全身に絡み付くような視線であった。
次第に近く視線に夜夢は、若干の警戒をしながらも、間合いを気にしながら距離を縮めていく。
そんな緊迫感は、次の瞬間には嘘のように消えて失くなる。
「大牙! 大丈夫?」
夜夢の間合いに、即座に入り込み、大牙を気遣う紅琉奈。
それは、夜夢自身が心臓を鷲掴みにされたような感覚であった。
「大丈夫だぁ、大牙は今日の修行を確りとやり遂げたかんなぁ……大牙を任せるで、小屋で休ませてやってほしんだがねぇ?」
夜夢の言葉に紅琉奈は、即座に反応すると、大牙を抱えて小屋に急いでいく。
緊迫感から解放された夜夢は、自分自身の額から、冷や汗が流れる感覚に紅琉奈に恐怖を感じていたのだと、再確認する。
「私が近づく事すら、分からないなんて……紅琉奈の存在は、心眼の夜夢すら、惑わすか……本当に敵にしたくない奴だ、紅琉奈には困ったものだ」
氷雨の声に、夜夢が慌てて反応する。
「氷雨様、ほんに、あれは敵にしちゃなんねぇ、存在です……敵にすたらば、オラでも、刺し違えを狙わねば……ならねぇかもしれません」
冷静にそう語る夜夢の肩を軽く叩き、氷雨は笑いながら肩を組むと夜夢と共に、小屋に向かって歩いていく。
「取り敢えず、酒だ! 話もあるしな、いくぞ夜夢!」
「え、あの、氷雨様……酒は、いや、あの!」
抵抗虚しく、氷雨に連れられる夜夢、宴会のような食事が、五郎を忘れ去ったように開始される。