氷雨と大牙……大牙と夜夢が二人きり1
朝の冷たい空気、山に陽の光が射し込み、静けさに包まれる樹海。
小屋の扉を開き、伸びをする大牙。
そんな朝の静けさを掻き消す女の叫び。
「キャアァァ!」
「うわあぁぁぁ!」
女の叫び声に続くように野太い男の叫び声、大牙は慌てて声がした方角に走っていく。
大牙が辿り着いた先には湖があり、大牙の前には、頬を真っ赤に腫らし、気絶する五郎の姿と、服を脱ぎ、生まれたままの姿の夜夢の姿があった。
着痩せする体型なのであろう、撓に実った、美しい二つの胸を前に大牙の鼻から一筋の真っ赤な鼻血が流れ、目の前が暗くなり、ふらついた頭のままに気絶する。
次に目が覚めた時、大牙は木の枝に吊るされており、五郎が叫び声を上げていた。
「わざとじゃないんだよ! 偶然だ! 顔を洗いに来ただけだ!」
「そうけ、でもなぁ……草むらから、動かずにずっと居たらば、無実も言い訳にしか、聞こえねぇ! いっぺん、閻魔様に、謝罪してこ!」
「ちょ、ちょっとまて! 冗談にも、洒落にもならねぇぞ、うわあぁぁぁ! 糞女ァァァァ!」
五郎が滝から、滝壺に向けて蹴り落とされる。
叫び声と共に、鈍い“ズダンッ!”と、言う音が小さく聞こえる。
青ざめる大牙、しかし、そんな表情は盲目の夜夢に確認される事はない。
「次はオメェだ! 餓鬼んちょが、乙女のす、素肌を覗くなんて、今から……二度とそんな事が出来ねぇようにしてやるかんな!」
「あ、あの……」
必死に状況を回避しようと、声を出す大牙。
「なんか、言いたい事があるなら、きいてやっぞ?」
夜夢の声に大牙は呼吸を整える。
「あの、本当にごめんなさい。覗くつもりはなかったです……声に反応して、走って来たけど……す、凄く綺麗でした」
その瞬間、縛られ吊るされたままの大牙の顔面を手で掴む夜夢。
「綺麗だと……ふざけんなぁ、オラの何処が綺麗だっつんだ!」
大牙に対して、苛立ちを露にしながら、顔につけた布を外す。
布が取られた夜夢の両目は、鬼の爪で斜めに三本の線が入っており、眼は完全に開けない状態になっている。
「これが綺麗か? 顔は鬼にやられて、誰も見ねぇ、そんな化物みたいな、傷のある、オラが綺麗か!」
「俺、心眼さんの事、化物なんて思わない! 凄く綺麗だと思う!」
口をへの字にする夜夢の顔が紅く染まる。
「ふん、色ボケが、あと……心眼は、あだ名だ……夜夢って名前がある……んだからんな」
大牙に名を伝えた夜夢の姿は、照れ隠しをする少女のようであり、大牙は夜夢に気づかれないままに、照れていた。
互いに照れながらも、直ぐに現実に引き戻すように、顔を布で覆う夜夢。
枝から、大牙を降ろすと夜夢は、五郎を探してくるように指示を出す。その際に夜夢は名を伝えないように伝えた。
「大牙は、無実だが、あの五郎って奴は、有罪だぁ! アイツみてぇな奴は、厳しくしねぇと駄目だ!」
五郎は直ぐに見つかるも、風邪をひいたようで、 見つかってからの三日間を寝込んで過ごす事になる。
その間、大牙と夜夢は二人だけで、修行を開始する。
最初の修行は、大牙が布を使い、視界がない状態で攻撃を耳で聞き、回避すると言う物であった。
「傀動ってのは、全身に神経を集中させてねぇといけね! つまり、戦場は集中力が途切れた瞬間にすべてが終る、いいな」
本当の、一日目の修行が開始する。