生きる為に、吹き矢と山鳥
いつもと変わらぬ朝。
引戸から肌寒い風が室内に吹き込み、白くなる息が季節の変化を告げる。
「朝餉を済ませたら、山に迎え、気配を確りと消さねば、逃げられるからな」
そう言う女剣士は、吹き矢を大牙に手渡す。
「先端には麻酔が塗ってある。鳥狩りは昼からにして、朝は山で吹き矢の練習をしろ、訓練用の針も渡しておく」
女剣士は少し優しそうに微笑み、朝餉が終わる。
山に向かう大牙に女剣士は軽く背中を叩く。
「しっかり、やってこい。ただし、夕暮れ迄に戻ること。鳥が仕留められない場合は、山の物を持ち帰れ……あと、山から出るな、約束できるか?」
「わかった師匠、約束するよ」
「いい返事だ。上手く鳥狩りが出来るようになったら、祝いをしてやる」
賑やかな朝の時間が過ぎる。
小屋を後にして、山道を一人進む大牙。
「あれから、凄く時間がたったみたい……頑張らないと」
大牙は言われた通りに朝から昼までの間を吹き矢の練習に費やしていく。
昼までの間に的に命中した物は数百回の内、十本程度であった。
その日からは、夕餉に肉が並ばない日が続いていく。
しかし、女剣士はそれを茶化すような真似はせず、大牙に吹き矢についてを語る日々が流れる。
一週間程の間に無数の毒キノコと苦味しかない山菜が夕餉にならび、食べ続ける事となる。
そんな日常が変化したのは吹き矢を使い始めて十日後の事であった。
大牙の吹き矢が一匹の山鳥を仕留める。
「やった!」
声を出し、喜ぶ大牙であったが木の上を見上げた瞬間、表情が青ざめる。
木の上には、山鳥の巣があり、集中が途切れたと同時に耳に響く雛の姿が目に入ってくる。
大牙はその場で嘔吐すると、静かに近場の石の上で踞り涙を流した。
そんな状況を知ってか、知らずか、女剣士が姿を現す。
「お、やっと成功したな。よくやったな大牙よ」
上機嫌で話し掛ける女剣士に対して大牙は言葉を返せずにいた。
「お前は優しいな、大牙。だがな、優しいだけの者の人生は短命だ……生きると決めたなら、貫き通せ」
女剣士は命について語った。
生きる為には、食わねばならない事実と食った物に対して感謝する事をゆっくりと分かりやすく伝えたのだ。
「人は獣を含む多くの命を食らい命を繋ぐ、そして、時には獣の命や肉として、食われる事も、しかし、それが自然の流れだ」
小さく頷く、大牙の頭を軽く撫でると女剣士は大牙の捕らえ山鳥を絞めて、紐に縛る。
「今日は帰るぞ。大牙の仕留めた獲物で、久々の肉を楽しもうじゃないか」
小屋に戻ると即座に女剣士が鳥を解体し、野菜と食べられるキノコで数個のつみれを作り鍋にする。
つみれにしたのは、せめてもの優しさであった。
その日、大牙は命の重さと、食べる意味を幼いながらに理解したのだった。
「大牙よ、山鳥を仕留めた褒美に、お前に私の名を教えてやる。私は氷雨だ。長く名乗らずにいて、すまなかったな」
「あ、うん。氷雨……師匠、なんか言いづらい……」
「アハハ、そうだな。大牙よ、今日より、氷雨と呼ぶがいい。男が獲物をしっかりと取ったんだ。今日より、師弟であり、家族だ」
大牙は複雑な感情を口に出来ぬまま、布団に入った。
嬉しさと悲しみ、罪悪感と喜びを感じながら、眠りについた。