氷雨と大牙……紅琉奈の怒り
昔話を楽しむように語る氷雨と、それを聞き、大牙の身を心配する紅琉奈。
心眼の夜夢が、どれ程の手練れかを理解すると、紅琉奈の足が雷国へと早まる。
氷雨達が住む、修山は水国の果て、雷国から一日と半日の距離に存在する。
移動する際には、雷国を覆うように作られた結界が存在する為、関所を越える必要がある。
「氷雨、関を越えるのだろ、急ごう!」
しかし、氷雨はその結界と結界の繋ぎめに、新たな結界を作り、無理矢理入り口を開く。
「ほれ、まともに、正面から乗り込む必要は無いからな、目的は合計19対……と、雷国の雷動どもだな」
氷雨が不敵に笑うと紅琉奈は首を軽く傾げる。
しかし、直ぐにそれを理解する。
紅琉奈は、雷国に入ると直ぐにその異常性に気づかされる。
雷国の至る所から、無鬼の血の臭いが流れ出しており、雷国その物が、まるで無鬼のような臭いになっていた。
「うぅ……何これ、最悪……気分が悪くなる」
紅琉奈が鼻を手で押さえる程の悪臭、雷国全土が同様の臭いになっていた。
「酷い臭いだろ、これが雷国だ、本来討伐する筈の鬼を死ぬ寸前で国に持ち帰り、鬼同士を食わせてから、鬼々となるまで、なぶり……鬼々になってから、殺して、鬼鋼を取り出す」
氷雨は、雷国が若い傀動を育てると同時に、強くする為に行っている事実を紅琉奈に伝えた。
紅琉奈は、同胞だからと怒りを露にする事はなかったが、それでも……命を玩ぶ、そんな雷国のやり方に苛立ちを隠さず、拳を握る。
「まあ、やり過ぎないように……おい! 紅琉奈ッ! 待て!」
氷雨の言葉を聞かず、無言で空に向かい、飛び上がる紅琉奈、その視線が真っ赤に染まった瞬間、氷雨の背筋に悪寒が走る。
「あの馬鹿、何を考えてやがるッ!」
呟いた瞬間には、紅琉奈は視線から外れ、足を時計回りに回転させると、空気を蹴るように、物凄い速度で雲を貫いていく。
その際に、氷雨が確認出来たのは、紅琉奈の顔に付けられた般若を思わす面であった。
「嗚呼……面倒くさい……これ、あとで絶対に百仮様に怒られる案件だな……まあ、やるなら最後までやって叱られるか」
氷雨は、紅琉奈が向かったであろう位置まで、即座に移動する。
向かった先には、雷動の中級者達と、新人の傀動であろう学生達の姿があり、その側には、嬲り殺された幼い無鬼の遺体が霧に為り始めていた。
無鬼に止めを刺したのであろう、紅琉奈の指先が五本の刃になっているのが、氷雨の眼に写る。
雷動側は、何が起きたのか理解できない様子であったが、紅琉奈の存在を敵と認識してだろう、中級者達が鬼斬り刀を構えていた。
「ぬぅ……正気か! 他国の傀動か? 我等が雷国にて、そんな暴挙を働いて只で済むと思っているのか!」
教官らしき男が、前に出ると、紅琉奈はまるで、舞いを舞うような動きを見せた直後に指を動かし“掛かってこい”と、挑発をする。
教官は、中級者や新人達の姿を確認すると、鬼斬り刀を抜く。
「相手をしてやる! だが、死んでも怨むなよ!」
目で逃げろと、教官が他の者達に合図をする。
しかし、氷雨すら予想外な動きを紅琉奈は見せた。
教官を無視して、中級者達に向けて、高速で移動したのだ。




