氷雨と大牙……雷動……三本の木刀
紅琉奈に、刃を向けようとした瞬間、大牙が五郎の前に両手を広げ、止めにはいる。
「やめて! 紅琉奈は、悪い鬼じゃない! 俺と同じ、傀動だ! 仮だけど……」
「鬼が、傀動だと……! ふざけんなッ!」
五郎が鬼斬り刀を抜いた瞬間、動こうとする紅琉奈。
「紅琉奈! 駄目だよ。俺が話してるんだ! 手を出さないで!」
必死な表情を浮かべる大牙、その表情とは、裏腹に武者震いと言うには余りある、足の震えを必死に堪えている。
「震えてるじゃねぇか! 其所を退け、傀動が鬼を庇うなんて、オレは我慢、出来ねぇし、赦せねぇんだよ!」
大牙に手を伸ばそうとする五郎。
「紅琉奈は、俺の家族だ! もう、家族を失うなんてイヤだ!」
五郎の伸ばされた腕が止まる。
それと同時に、悲しそうな黒く淀んだ瞳が、大牙に向けられる。
「鬼が家族か……なら、その家族と共に、丁重に葬ってやる……せめてもの情だ」
止まった筈の五郎の腕が急に動きだし、大牙の首元に伸びると、服を力強く引っ張られ、大きく宙を舞う。
地面に向けて放り投げられた大牙に視線を向け、駆け出す紅琉奈。
無防備になった、紅琉奈の背中に向けられた五郎の視線、巨大な鬼斬り刀が、紅琉奈を捉えた瞬間、動き出す氷雨。
しかし、五郎は、鬼斬り刀を振り下ろさなかった。
紅琉奈が必死に大牙を心配し、大牙の瞳と表情も紅琉奈を心配していたからだ。
「なんでだよ……ソイツは、鬼なんだぞ……なんで、そんな顔をしやがる……くそ、くそォォ!」
その瞬間、氷雨の束が五郎の脇腹にめり込み、五郎が怯んだ隙に顎に鞘を叩きつけ、気絶させる。
「本当に、大牙よ。お前が来てから、賑やかで敵わないぞ、早く起きろ、こいつを小屋に運ぶぞ!」
言われるがままに、五郎を小屋の中へ運ぶ、大牙達、小屋に入ると氷雨は、即座に針が外側に付いた特殊な鎖を取り出し、五郎に確りと巻き付ける。
「氷雨、この危ない鎖、何?」
心配そうに氷雨と、鎖姿の五郎を見つめる大牙。
「大丈夫だ、この、馬鹿五郎が、傀動の力を発動しない限りな、まったく……雷動の奴は、面倒で仕方ない!」
雷動……六国傀動衆の、流派の一つであり、雷国の傀動が率先して教えを請うほど、強力であり、強大な流派である。
「雷国の傀動だと、聞き……嫌な予感はしていたが、この五郎は、捨てゴマだな、此方の戦力を知る為に、本人が知らない間に、焚き付けたのだろうな……ゲスが!」
当然のように、小屋の周囲を大勢の人影が、動き始める。
「嗚呼、ダルい! 取り敢えず、全員、気絶させるか……大牙は刃を鞘から出すな、紅琉奈は、爪をしまえ、少し痛いが、我慢しろ」
ダルい、と、口にしていた氷雨の口が不敵に笑う、楽しそうな表情で……仕方ないと頷くと、五郎を叩き起こす。
起こされた五郎は状況が、理解出来ずにいた。
縛られた状況に、焦り、雷動の術を発動する。
その瞬間、周囲から叫び声が次々に上がっていく。
それは紛れもなく、雷動の一派であり、氷雨は、木刀を三本取り出すと、大牙と紅琉奈に手渡す。
「さあ、楽しい模擬戦といくか……相手は鬼斬り刀か、刀でくる、油断して死ぬなよ! いくぞ!」
小屋を勢いよく氷雨が飛び出していく。