プロローグ2
「無鬼となれば、滅んだ肉体は白く甦り、血肉を再生する為に血の濃い者から喰らい始める……つまり、お前を食いに現れる」
幼子は理解できずに泣いていた。
「お前を護りたいと願った母に、お前が殺されれば、母の魂は救われない。だから、魂を解放してやれ、もう一度聞く、選べ糞餓鬼」
幼子は静かに頷くと、母の心臓に一本の小刀を突き立てる。
「母様、ごめんなさい……うわぁぁ!」
すべてが終わり、母の亡骸に土が被され、獣避けの粉と花が手向けられる。
「帰るぞ、糞餓鬼」
「……糞餓鬼じゃない……大牙……」
小さく呟かれる名前に女剣士は頷く。
「わかった。大牙、帰るぞ」
疲れきった精神が途切れぬように必死で山道を上に向けて歩く幼子。
「もう、へばったのか……仕方ない糞餓鬼だねぇ」
女剣士が歩みを止めようとした瞬間、大牙が声を張る。
「大丈夫! 大丈夫だから、すぐに……追い付く」
普通の大人でも登る事に躊躇したくなる険しい山道、幼いながらに必死に登る大牙を見つめる女剣士。
「丁度いい場所だ。此処で一休みとしよう、その後で夕餉の食材を採取して帰るぞ」
一日二食のうちの、休憩と夕食の食材と言う言葉を聞き、幼子の表情から疲れが消えたように見える。
山道で軽い休憩を済ませると女剣士は幼子に向けて集める食材の指定と触ってはならない食材の特徴を確りと伝えた。
「大牙、今から、お前が集める食材はキノコだ。ただし、キノコには胞子事態に有毒な物を含む物が存在する」
女剣士は、そう語り、革袋から小さな本を幼子に手渡す。
「本に絵が描かれているだろう、その下に名前があるが、赤く書かれた物は猛毒だ。見つけたら即座に離れろ。確り集めてこい大牙」
忠告を済ませると女剣士は自らも食材の調達に動き出す。
大牙は確りと忠告を守り、赤文字のキノコを避けながらキノコを採取していく。
二時間程の間に無数に集められたキノコを確認する女剣士。
「これは、これは、本当に面白い夕餉になりそうだな。肉も調達できた事だし、小屋に帰るぞ大牙」
「あ、はい」
山鳥の足を紐に縛り肩からぶら下げる女剣士の後ろを幼子が遅れないようについて歩いていく。
小屋に帰るとすっかり周囲は暗くなっており、食事の支度が開始される。
その際に女剣士は幼子に対して食べたいキノコを選べと口にする。
幼子が複数のキノコを選び、囲炉裏に吊るされた鍋から料理が器に装われると、夕餉が開始される。
幼子が食事に口を付けようとした瞬間だった。
「大牙、お前が採取したキノコな、猛毒ではないが、毒キノコばかりだったぞ。たが、確りと食べろ」
「え、でも、毒じゃ……」
「毒を以て毒を制す、先ずは体内に毒に対する抗体をつける事が修行だ、あと、死ぬなよ? 死なれれば、後味が悪いからな」
女剣士はそう言うと先に器に装われた食事を食べ始める。
その日の夜、幼子は腹痛と吐き気に苛まれ、口に広がる解毒丸の苦味に苦しめられる。
朝になれば、腹痛に苦しみながらの、キノコや山菜採取が行われた。
そんな生活が一ヶ月程過ぎた頃、大牙は最初に口にしたキノコ類を口にしても、症状が現れなくなっていた。
「抗体が出来るのが早くて驚いたが、次の段階に移れるな」
「師匠、次って……」
「次は次だ! お前には弟子として、すべてを身に付けて貰わねばならないからな」
幼子は憂鬱そうに頷くが、最初の頃のような、弱々しい表情は浮かべてはいなかった。
「次は鳥狩りを教える、明日から肉が食えるかどうかは、お前次第となる、しっかり頼むぞ」
夕餉の最中、そう語る女剣士は、酒を軽く飲み干すと床につく。
布団に入り、新たな段階に進んだ事実を噛み締める大牙の姿があった。
「明日から山鳥を取るんだな……頑張らないと」
小さく呟きながら、大牙は眠りにつく。