氷雨と大牙……大牙を追って、百仮と紅琉奈
百仮が突き止めた大牙の行き先は紛れもなく、修山であり、最初に小屋を目指して進んでいく。
大牙にとって、必要な物を取りに小屋に戻っている可能性があったからだ。
百仮と、氷雨が小屋に近づくと、微かに木が焼ける臭いがし、小屋に近づくに連れて、それは強くなる。
最悪の状況を想像しながらも、無事な状態の小屋を確認すると、氷雨は慌てて、引戸を開ける。
「大牙ッ! 無事……か、な、何をしておる……! 鬼女ッ!」
氷雨が目にした光景は、余りに平和的な物であった。
囲炉裏に墨の代わりに、乾いた薪が焚べられ、大牙を大事そうに膝枕する紅琉奈の姿が存在した。
大牙は気絶しているのだろう、無邪気な寝顔を浮かべている。
怒鳴り声に反応して、目覚めそうになる大牙のしぐさに、紅琉奈の目付きが鋭くなる。
互いに睨み合うように視線をぶつける最中、百仮が小屋に到着したする。
すぐに、氷雨を静めると、百仮は、小屋の扉を閉め、紅琉奈と大牙の前に腰掛ける。
「敵意はない、話せるか鬼々の娘よ?」
「大牙が、寝てる。起こしたくない」
紅琉奈の言葉に、戦う意思は無いと判断する百仮、氷雨も、仕方ないと、大牙が目覚めるまで、声を荒らげぬように時間を過ごしていく。
傀動である、百仮と氷雨からしても、鬼と、これ程、近く座りながら向き合った経験は、なかった。
本来、殺し合いをせねばならない間柄の傀動と鬼が囲炉裏を挟み、向き合う摩訶不思議な光景、ニ時間ばかりの間続いてた。
大牙が目覚めると、その異様な雰囲気に、周囲を見渡す。
起き上がった真下には、紅琉奈の柔い膝枕が存在し、目の前には、厳しい表情の百仮と、苛立ちを隠せない様子の氷雨の姿があったからだ。
「えっと、何があったんだっけ……」
余りに衝撃的な事ばかり続いていた大牙は、混乱しながらも状況を整理しようと頭を回転させていた。
そんな矢先に、百仮が口を開き、質問をする。
「紅琉奈と、言ったな、何故、大牙なのだ? 話してくれ」
大牙が選ばれた理由を聞かれ、紅琉奈は、百仮を睨みつける、しかし、すぐに冷静な表情を浮かべ、静かに語り始める。
大牙が選ばれた理由、それは、同じ鬼の実から、産まれた存在だと紅琉奈は口にしたのだ。
「ワタシと、大牙は、同じ鬼の実から産まれた輪後を口にした者の祖先、ワタシと大牙は、姉弟……親戚……知り合い……他人……のなにか」
「最後の方は、関係無いじゃない!」
ムッ、と、氷雨の言葉に再度、睨みつける紅琉奈。
そんな、二人の間に板挟みにされる大牙は、紅琉奈に向かって、勇気を出して語り掛ける。
「俺さ、鬼に母様を殺されたんだ……弱かったから、なのに……なんで、お前みたいな強い鬼が、俺を庇うんだよ! それに、最初だって、俺を投げ飛ばしたじゃんか!」
大牙の言葉に、紅琉奈は真っ直ぐな表情と、聞き取りやすい言葉で返答した。
「ワタシは、大牙を守ろうと、山の中を追った、大牙は、思ったよりも強く賢かった……大牙は、ワタシを切ろうとしたから、軽く投げた……」
そこから先は、紅琉奈が、大牙の為に強くなりたいと考えた事実と、その為に鬼を狩り続けていた事実を詳しく語った。
何より、強くならねばならなかった理由の一つが、氷雨の存在であった事実も語ったのだ。
氷雨を三人相手にしても、勝てるほどの力を短期間で獲るべく、角付きの鬼すらも、食らったと紅琉奈が、口にした瞬間、両者の視線が、激しく火花を散らす。
百仮は、紅琉奈の言葉を聞き、意外な提案を口にする。
「ならば、紅琉奈よ、鬼しか食わぬと再度誓えるか? 誓えるならば、傀動として、儂が認め、大牙と共に過ごす事を認めようではないか」
「やだ……ワタシは、大牙といる。それに、お前の指図は受けない」
紅琉奈が提案を否定すると、百仮は突然、紅琉奈の心臓部に目掛けて、拳を放つ。
バキッ!
引戸を突き破り、吹き飛ばされる紅琉奈。
「鬼に、優しさは不要だったようだ、歳は取りたくないものじゃ……つい、優しくなってしまうわい」
外からは、凄まじい殺気と、獣のような唸り声が室内に向けられる。
六国傀動衆の仮面師、百仮と、角無しの鬼々、紅琉奈が本気でぶつかろうとしていた。