氷雨と大牙……無鬼(前編)
百仮の言葉は、大牙の全身に震えを起こさせる程、冷静で残酷な物であった。
選択肢を与えながらも、選ぶ事の出来る答えは既に決まっていたからに他ならない。
「……もし、選ばなかったら」
好奇心、と、言うには誤解があるであろう、大牙の質問に百仮は笑いながら返答する。
「ひゃひゃひゃ、その時は、片腕と氷雨をお前から奪うまでじゃで、気にするな」
理不尽にして、傲慢な答えに、大牙は大声をあげようとする、しかし、氷雨の手が大牙の発言を遮るように伸ばされる。
「百仮老師、発言を御許しいただけますか……」
緊迫した表情を浮かべる氷雨、しかし、百仮の口からは厳しい返答を返す。
「氷雨よ……今、お前が口を挟むなら、今から、小僧の両腕をいただくか……」
百仮の目が仮面の下から大牙をまる飲みにするような、視線を向ける。
震えていた、氷雨の手は、大牙を守るように真っ直ぐと伸ばされる。
「百仮老師……私は、大牙の師となると、決めました……弟子であり、今は家族です、幾ら老師の言葉でも、その提案は聞き入れられません!」
氷雨を困ったように、首を傾げ、見詰める百仮。
「先んじて、話したが……熱くなりよって、本当に馬鹿たれが!」
二人の会話、内容が理解出来ず、困惑する大牙。
百仮は、仕方ないと言わんばかりに、大牙を正面に腰掛け、仮面を口が開いた物に付け替え、煙草に火をつける。
煙を吐き出すと、百仮は静かに語り始める。
「小僧……お前の手が黒く染まった原因は、儂だ、だが、本来なら……そこまで黒くならん、理由は……お前が“鬼”になり始めてるからだ」
知っていた氷雨の表情が曇る。
「老師、私から、大牙に詳しく話します……」
氷雨が話した内容は、余りに悲しく、辛い運命を大牙に知らせる結果となった。
話は『無鬼』の存在を知ることから、始まる。
無鬼……人の形を為した、白い肌の異形であり、男女の性別はあれど、知性は乏しく、簡単な言語のみを語る事ができる。
性格は、個体によって、異なるも、共通するのは、残忍性と残虐性を有しており、人間に対する敵対意識の強さにある。
無鬼は、その食により、個体変化が起こる、その進化の仮定に、“角付き”と呼ばれる個体に変化する。
しかし、それは無鬼が進化する仮定であり、根本にある無鬼はどうやって生まれるのか、と、言う話が始まる。
氷雨は、一呼吸をしたのちに、無鬼がどう生まれるかを語り出す。




