19 ティファナ伯爵
リオを出発して、俺たちは領都に向かっている。ここはティファナ伯爵領。領地は東西に長く、リオは領地の西の端にある。領都は中央より少し北東に位置する。馬車で5日ほどの旅だ。
領都に向かう道ということで、道幅はかなり広く綺麗に整備されている。馬車がすれ違うのも問題ない広さだ。天気は晴れ。春の肌寒い風が気持ちいい。この地域は日本と同じく四季があり、今は春である。大きな街道なので、自警団がたまにパトロールしている。なので盗賊などほとんど出ない。はっきり言って時間をもてあます。
俺は馬車の中で錬金術の入門書を読んでいる。なになに、第一章は物質の変化だ。そこには、『物質は固体、液体、気体の三種類に状態を変化させる。』と書いてある。前世の記憶を持つ俺からしたら、常識だが、ここの人たちには理解は難しいだろう。
俺は、おもむろに手のひらから少し離した空中に岩を土魔法で出現させる。そして、この入門書の説明通りに物質の変化をやってみようと思った。まずは、魔力を流し込む。いきなり俺は、初めての体験に苦労した。魔力の流れは感じることができるのだが、魔力を体から放出したことはない。魔力の流れを何となくコントロールして、手のひらに集めた。そして、岩に向かって魔力を送り込むイメージを繰り返す。魔力の気配が岩に入っていくのは感じるが何も変化はない。
次にどうするんだっけ?俺は本の続きを読む。『固体から液体、気体へと変化させる場合は魔力の温度を上げていく』え?、魔力の温度ってなんだよ。。俺は、半信半疑で岩に含まれる魔力の温度を上げていくイメージをする。すると、なんとなく温度が上がってきた。俺は、なんだか楽しくなってきてどんどん温度を上げていく。岩の温度が肌で感じられるほど上がっている。色も、なにか赤みを帯びてきた。そのまま続けていると、次第に形が崩れてきてドロドロとした物へと変化した。これが液体への変化か。俺の掌の上には真っ赤な溶岩がぐつぐつと沸騰していた。俺は、そろそろ元に戻すかと思い、今度は冷やしていった。最終的には立方体に成形された岩ができた。これって、鉄鉱石とかでやると鉄を生成できるのかなぁ。
貴族の娘が、野営などできるはずもなく、俺たちは暗くなる前に最寄りの町に入った。今日は、ここの宿屋で泊まるのだろう。俺たちの分の宿泊費は払うと言ったのだが、受け取ってもらえなかった。それぞれひと部屋ずつ部屋を確保できたので、俺とシルフィーとエヴァは、ひと部屋にひとりずつだが、エヴァの護衛たちは3人ひと部屋で我慢してもらう。
こうして俺たちは、何事もなく五日間の工程を終わらせていった。五日目のお昼には領都の門の前までたどり着いた。初めての領都は、城塞都市そのものだった。都市そのものを高い城壁で囲っている。城壁の上には、弓で攻撃できる鋸壁がある。かなり、防御性能は高そうだ。
俺たちは、貴族用の門から馬車ごと中に入る。検問所の所で少し止まったがすぐ動き出した。あとからひとりずつ入門証を受け取った。税金などはいらなかったのだろうか?また支払ってくれたのかもしれない。俺たちの乗る馬車は、そのまま町を屋敷に向かって走っていく。
しばらく行くと、奥のほうに特に大きな屋敷が見えてきた。もしかして、あそこが伯爵様の屋敷なのだろうか。想像よりデカすぎる。まるで、大きな公園の中に家が建っているようなものだ。屋敷の門についても、馬車からは降りない。そのまま入門しても屋敷まではまだ道が続いている。どんだけ広いんだ。。
家の敷地内をしばらく走ると、やっと屋敷の前まで来た。馬車から降りると、つい家を見上げてしまった。家というより、高い壁がそびえたっている感じだ。五階はあるだろうか?門の前には、一人の執事さんと二人のメイドさんが待機していた。俺たちは、そのまま客間に通された。
「おつかれさまでした。少しお父様と話をしてきますので、しばらくここでお待ちください。」
そう言うと、エヴァは部屋を後にした。きっと、俺のことを御使い様だと紹介するためだろう。
しばらくすると、エヴァと共にひとりのおじさんが部屋に入ってきた。
「あなたが、アレクシス様ですか。お初にお目にかかります。ティファナ領地を任されております、プルーム・フォン・ティファナと申します。」
「はい、よろしくお願いします。アレクシス・ミラーです。」
「珍しいお名前ですね。種族特有のものですか?」
「そうですね、人間でいうミドルネームはありません。竜神族は、名前の後にすぐ家門名が付きます。」
「そうなのですね。それで、あなた様が御使い様だと聞いたのですが、本当なのでしょうか…?」
うん、全く信じていないね。
「はい、確かに女神様より命を受けております。」
「教会などに洗礼した訳でもないのでしょう?」
うん、メンドクサイ。
「私の事を信じるか、信じないかが問題ではありません。女神様のお言葉を信じるかどうかが大切なのです。女神様は私に命じました。『フェアリー族が捕らえられています。あなたが助けなさい。』と。」
おじさんは、少し悩んだそぶりを見せたが結論を出したようだ。
「わかりました。あなた様の事はともかく、女神様がフェアリー族を救いたい気持ちは信じます。私の領地の中で、フェアリー族を捕らえたと言いまわっている者がいましたら、すぐにお知らせしましょう。」
「ありがとうございます。」
よかった。とりあえず、俺の事は信用されていないようだが、女神様の言葉というのは無視できないらしい。これで、情報の入手の協力も取り付けることができた。あとは、町の中を少し調べますか。
「それでは、私たちはこれで。」
俺たちは深く頭を下げた。
「あ、この家に滞在しててください。宿もお金がかかりますし。」
エヴァが慌てたように言った。だが、おじさんは手で娘を遮るように隠した。おじさんは俺たちを泊めたくはないようだよ?
「いえ、それは本当に信頼された時で。。」
エヴァがおじさんを睨んでいるが、見なかったことにしよう。おじさんから引き留められることはなかった。俺たちが屋敷から出ると馬車が待機していた。このまま宿まで送ってもらえるようだ。まぁ、宿の場所を伝えに来る手間も省けるし、俺たちは深く礼をして乗せてもらった。
俺たちは、屋敷近くの高級な宿の前で降ろされた。一緒に乗ってきた執事がそのまま宿までついてきた。
「客人をご案内してきました。部屋を用意していただけますかな?」
そのままお金を支払おうとされたので、慌てて止めて、ここは自分たちで支払った。今現在は、すべてのお金をシルフィーに預けているのでシルフィーが支払ってくれた。シルフィーが何もないところから革袋を出すと、宿の受付が驚いていたが、その中から白金貨を出すとまた驚いた。こんな子供が持っているお金なんて、大した額ではないと思っていたのだろう。確かに子供なのだから、そう思われるのは仕方がないか。。しかし、今現在その革袋の中は白金貨しか入っていないが。。来る前に本屋で金貨6枚使っちゃったからね。
宿の部屋で少し休んでいると、ふと思い出したことがある。フェアリー族のシルキーとシルフィーって名前が似ているな。って、そんな事はどうでも良い。思い出したのは、テレパシーでシルキーと会話していたことである。テレパシーで呼びかければ会話が出来るんじゃないか?俺は、この町の何処かに監禁されているであろうシルキーに向かって話しかける。町の全体に届くように魔力はかなり多めに。あのシルキーを心の中でイメージして、『シルキー!!聞こえるか?聞こえたら返事してくれ!』。そして俺は数分待った。しかし返事はない。本当にこの町にいるのだろうか?
俺は、今日は疲れたので早めに眠りについた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日の朝、朝食をとっていると、昨日の執事さんがやってきた。
「失礼します。旦那様がお呼びです。」
おや、もう情報が手に入ったのか?早い。
「わかりました。食事を終えたらすぐ伺います。」
宿を出ると、もう馬車が待機していた。そのまま俺たちは屋敷まで送っていただいた。玄関には今日はエヴァが数人のメイドと待っていた。
「おはようございます。アレクシス様。朝早くからの呼び出し申し訳ありません。」
「おはようございます。全然かまいませんよ。何か情報が入ったのでしょうか?」
「はい、詳しくは中で。」
俺たちは、昨日の客間に通された。
ソファーに座って、紅茶を出されたのでいただいていると、伯爵様がやってきた。
「朝早くからすまない。実は近々フェアリー族が競売に出されるという話を聞きましてな。」
「競売ですか・・・。」
情報が入ったのは嬉しいが、悪い知らせだった。
「その出品者というのが、判明しました。代理人だとは思うのですが。」
仕事が早いな。
「競売を管理しているところに、フェアリー族の売買は禁止させることはできないのですか?」
「残念ながら、そのように規制する法律はない。」
売買はあくまで合法的に行われるのか。
「その代理人に会うことはできますかね?」
「可能だ。そう言うと思って呼んでおいた。」
本当に仕事が早いな。
その者と、二人きりで話がしたいとお願いしたのだが、断られた。仕方がないので全員の前で話を始める。ここにいる全員とは、俺とシルフィー。伯爵様と三女のエヴァ。護衛の三人。そして、代理人と思われる30前後の男である。四つあるソファーに俺と伯爵とその代理人が座っている。俺はひとりだけ。対面に伯爵と代理人である。エヴァは伯爵の後ろに立っている。伯爵の横に護衛がひとり。代理人の横にひとり。ドアの前にひとり立っている状況だ。俺には誰も護衛をつけてくれないのね。シルフィーは俺の後ろで立っている。
「早速ですが、あなたが今回の競売でフェアリー族を出品した本人でしょうか?」
俺は、本題にいきなり入る。
「あなたは?」
うん、当然誰何される。
「私は、女神の使者とでも言っておきます。」
そう言うと、男は頭がおかしいのかって顔をした。いや、失礼だろうその顔。
「いや、俺は代理人だ。競売は普通、本当の出品者は公開されない。常識だろう。」
と言って、ふっと笑った。今度は、馬鹿なのかこいつみたいな言い方だ。ムカつく。
「私は、女神様から捕らわれているフェアリー族を助けるように命じられました。なので、何が何でもフェアリー族を助けなければなりません。あなたの依頼主は誰か教えていただけますか?」
「いやいや、それは無理だ。俺も信用で仕事をやっているのだ。顧客の情報は言う事はできない。」
やっぱりこうなるか。。こんな時は、小説では女神様の力でちょちょいと口を割らせるんだろうけど。一度女神様の力だと嘘を言ってしまったので、女神の名はだせない・・・。こまったなぁ。
俺は、その場から立ち上がり困ったようにその辺りをウロウロと歩いて見せていった。
「困りましたね。。わたくしも女神の命には絶対服従なのですよ。どうしても無理だというのなら、力ずくでも口を割らせる必要があります。。」
困ったような顔で、腕を組んでそう告げた。
その瞬間、護衛の三人が身構えた。しかし、そのうちの一人は顔が青ざめている。たぶん、前回エヴァの護衛に参加していた不幸な奴なのだろう。
俺は、今度は少しだけ威圧してこう言った。
「我に逆らうというのか。それは、女神に逆らうと同意であるぞ。」
その瞬間、エヴァとシルフィーが跪いた。
他の者もこの威圧がただならぬ事態を引き起こすのではないかと、少し顔色が悪い。
「護衛の者よ、死にたくなければ武器を置くのだ。我は竜神族であるぞ。」
竜神族と聞いた不幸な護衛のひとりは、跪いた。うんうん、賢い。
「そんな脅しは効かんぞ。そもそも女神など幻にすぎないわ。俺は帰らせてもらう!!」
仕方がない。俺は、シルフィーに結界を張った。物理・魔法の効果を防ぐものだ。死なれては困るので、強めにかける。
「ほほぅ・・・」
俺は、体の半分以上の魔力を使い、ターゲットは代理人と名乗る者。多少はほかにも流れるだろうがターゲット以外は死なないだろう。いや、殺したらまずいか…。出品者を聞けなくなる。俺はやっぱり一度解除をし魔力を五分の一くらい使って威圧を発動した。
「ぐぅっ」
代理人は立ち上がったところで、固まった。
今立っている者も、顔を青ざめて震えだした。
「代理人とやら、出品者を守るのもいいが、死んだらなにも意味がなくなるのではないか?」
「う・・・うぅ。やめろ・・、俺を殺したら出品者もわからなくなるだろうが。。」
「別に構わん。最終的には、貴族の屋敷を片っ端から攻撃すればいいだろう。」
俺は、威圧をもう一段階強めた。流石に、代理人とやらも震えだした。すると、以外にも伯爵様が跪いた。
「や、やめてください。町中で貴族の屋敷を攻撃されたら、この領都は壊滅してしまう。」
「仕方がないであろう。我は、女神の命には背けぬ。その時は、竜神族の村からすべての竜神族を連れてきてやろう。女神の名のもとに、聖戦だ。」
「も、申し訳ありません。実は、こいつの出品者を知っております。欺いておりました。私はどうなっても構いません。この町と、家族はどうか、どうか助けてください。」
はぁ?知ってたのかよこのおやじ。。
「それは本当だな? 嘘をつかないと女神に誓うか?」
「ちっ、誓います。」
俺は、威圧をやめた。さあ、ラスボスの所へ案内してもらおう。